狭山茶と言えば緑茶だが、狭山茶の産地である日高市で紅茶を製造しているのが吉野園だ。20年近く前から紅茶の製造・販売を始めた。その後、全国の茶産地に紅茶製造が広がり、日本における先駆者だ。紅茶専用品種の茶葉を用いており、味もびっくりするほどおいしい。園主の吉野誠一さんと息子さんの道隆さんは、1月17日、川越市のウェスタ川越で「国産の紅茶を作るということ」というテーマで、講演した。以下はその概略である。
吉野誠一氏
私は昭和21年(1946年)の生まれです。高校に行き英語を勉強したかったのですが、果たせず、安岡正篤先生の創設した日本農士学校(嵐山町)に入学。その間、静岡に留学、県茶業試験場での講習も同時に受け、茶業をみっちり学びました。
家業を継ぎましたが、埼玉に当時お茶の品種は1つしかなく、京都・宇治から「こまかげ」を持ってきて植えたところ、大当たりし、収穫、品質が安定してきました。
しかしお茶は5月しかできません。そのため、先代までは養蚕をやり、複合経営でした。何とか1年中収穫、製造して生活を成り立たせることができないかが課題でした。
ネパール人技師から紅茶の製法を学ぶ
二番茶(6~7月の摘み取り)もありますが、二番茶は渋い。二番茶対策を考えていたある時、小学生にお茶にはいろいろな種類があると話したら、「紅茶を作ったことあるの」と聞かれました。たまたま近くの農業大学校にネパールから紅茶技師の留学生がおり、研修生として受け入れ、緑茶を教えて、紅茶の作り方を教えてもらいました。
紅茶は明治時代から政府も奨励し、各地で製造していたのですが、昭和40年代に輸入自由化があり、途絶えていました。私は紅茶を復活させようと考え、紅茶専用品種 「べにひかり」をいち早く入れて 1998年に販売を始めました(商品名「琥珀の茗」)。2004年には、生き物文化誌学会で、紅茶の品種の報告をした際、秋篠宮殿下とお目にかかることもできました。現在でも、緑茶が主体でも紅茶は生産量が少ないですが、紅茶を作り出したら、やめるわけにはいかなくなりました。
安岡先生の教えに「一燈照隅」とあります。私は紅茶の作り方を広めるべく、様々な機会にお話させていただいています。今では、全国の茶産地で紅茶が作られています。
吉野道隆氏
うちは、茶畑の栽培、製茶工場、販売と、すべて自宅で一貫して行っています。狭山茶は、このようなほぼ自園、自製、自販のスタイルをとっています。
作っているお茶は、緑茶の他、紅茶、烏龍茶。緑茶は、通常の煎茶のほか、通好みの方向けで埼玉県の奨励品種別、昔ながらの和紙火入れ方法のお茶、個人で品種の特許をとった 蓬莱錦茶も販売しています。
紅茶の製造工程は、緑茶と比べて非常に単純です。分類では、完全発酵茶に属し、①萎凋(いちょう)、②揉捻(じゅうねん)、③乾燥、④選別という工程で出来上がります。
発酵とは酸化のことです。①摘んできた葉を、天日萎凋といって、広げて日にさらします。葉っぱが萎れ、水分がとんだら工場に取り込み、一昼夜寝かせます。②翌日、臼のような器でお茶をもみます。これで急激に発酵が進みます。③最後は乾燥機で乾燥させます。
出来上がった紅茶は真っ黒です。緑茶は、蒸気で蒸すために葉っぱの酵素を止めてしまいますから、緑のままです。
紅茶専用品種「べにひかり」
お茶には、緑茶用の品種と紅茶用の品種があります。緑茶品種でも紅茶は作れ、紅茶でも実は緑茶品種であることが多いですが、うちは紅茶品種にこだわっています。木の性格がまったく違います。 ネパールでは、インドアッサム系の紅茶品種が主ですが、うちは、「べにひかり」です。葉の形が大きく、ごわごわしている。カテキンが多く、香りが強い。緑茶品種は、これに対して甘みがあります。紅茶品種を、売れないからといって緑茶にすると、渋くて飲めなくなります。なので、植えた以上後には引けません。
緑茶では、うちには珍しいお茶がいくつかあります。
埼玉県の奨励品種である「さやまかおり」、「ふくみどり」、「こまかげ」、「ほくめい」、「彩のみどり」、「夢わかば」を全部取り揃えています。それぞれ味が違います。
日本のお茶の品種は、8割方「やぶきた」です。うちはあえて、埼玉の品種を扱っています。
個人で品種特許「蓬莱錦茶」
他に「蓬莱錦茶」があります。これは、父の名で個人で品種の特許を取りました。個人の品種特許は、手間がかかり、リスクもあるので、あまり例がありません。「蓬莱錦茶」は、葉が黄色い品種で、突然変異でできたものです。葉緑素が極端に少なく、玉露など高級茶に近い味です。このお茶は、茶畑が菜の花畑のようです。
古来の伝統製法「和紙火入れ」によるお茶(「忠兵衛」)も作っています。小川町・東秩父村の細川和紙を使います。狭山茶の火入れはカリカリで香ばしく仕上がりますが、和紙火入れは、昔のなめらかな味になります。
ピンク色に変わるお茶
ピンク色に変わるお茶(紫貴婦人)は2015年9月ごろに作りました。
紫色の芽の新品種の木ができたのです。紫の芽は、枝違いで出ることはありますが、木そのものは珍しいです。春先に出る新芽だけが紫で、時間がたつと緑になります。ただ、 普段飲むお茶としては渋みが強いのでどうしようかと思っていたところ、偶然お神酒をお茶碗にこぼした。すると、色がピンク色に変わり、びっくりしました。
普通の緑茶には含まれていないアントシアニンがいっぱい入っている。日本酒や柑橘系の果汁を入れると化学反応し、ピンク色に変わるのです。
テレビ朝日で紹介されると、 全国から注文殺到しました。非常に珍しい、面白いお茶なので、趣味程度ですが、今後も製造していきたいと思います。
(2016年1月)
コメント