遠山記念館は埼玉県比企郡川島町の田園風景のまっただ中にある。地元出身で日興證券を興した遠山元一氏が生家を再建した邸宅と収蔵品を展示する美術館から成る。戦前に建てられた見事な邸宅にたたずむと時の経つのを忘れる。染織など収蔵品も一級だ。学芸員の久保木彰一さんにお聞きした。
遠山元一(とおやま・げんいち、1890-1972) 埼玉県出身の実業家で、日興證券の創業者。比企郡三保谷村(現在の川島町)の農家に生まれる。16歳で東京・兜町で働き始め、30歳前に独立。戦後の証券界の近代化に尽力し、証券業界の要職を歴任した。「遠山天皇」と呼ばれた。
遠山氏没後50年
―遠山元一さんを知る人も随分少なくなってしまいましたね。
久保木 亡くなられて50年経ちます。設立当初の学芸員は皆、遠山さんの元で仕事をされていましたが、私も直接には存じ上げていません。
―どんな方だとお聞きですか。
久保木 豪農のお生まれですが、お父さんが放蕩三昧の暮らしだったうえ、人が良かったので土地も蔵もどんどん人手に渡り、没落してしまった。その辺の事情は多くを語らなかったと聞いています。でも、家を再興したいという気持ちは大変に強かったでしょうね。
邸宅と庭園は昭和8年に着工、2年7カ月かけて完成
―記念館は邸宅と庭園、それに美術館で構成していますが、それにしても立派な建物ですね。
久保木 邸宅と庭園は昭和8年に着工、2年7カ月かけて完成しました。主屋は長屋門と渡り廊下でつながる東棟、中棟、西棟から成っています。全国から銘木を集め、当時の建築技術の粋を結集したものです。庭園は伝統的な日本庭園をベースとし、一部に洋風を取り入れています。
大半が遠山氏の収集品、美術館は昭和45年開館
―なぜ、これほどの豪邸を建てたのでしょう。
久保木 学校の先生をしながら、苦労して子供たちを育てたお母さんにくつろげる家を建ててあげたいという気持ちが一番だったと思っています。
―美術館の設立はいつですか。
久保木 昭和45年の開館です。遠山さんは美術品の収集家として知られていました。そのコレクションの展示がスタート台です。
―最初から美術館用に集めたわけではなかったのですか。
久保木 はい。邸宅は建築面積が690平方㍍あり、床の間だけで7つ。お母さんがなくなってからの一時期、旧日興證券の迎賓館として利用していましたが、お客さんをもてなすには四季折々、部屋にふさわしい飾りを工夫しなければなりません。必要に応じて買い求めていくうちに、収集品がどんどん増えていったわけです。
4世紀から12世紀にかけてのエジプトのコプト裂
―展示品にはどのようなものがありますか。
久保木 所蔵品はざっと1万1千点。うち8割が染織品です。中でも4世紀から12世紀にかけてのエジプトのコプト裂が多く、4千8百点を数えます。書画が約3百点。そのほか茶道具などいろいろです。美術館になってから収集したものもありますが、過半は遠山元一のコレクションです。
―コプト裂以外の染織品はどこの国のものが多いのですか。
久保木 日本をはじめインド、インドネシアなどのアジア、中近東、中南米などで、18から20世紀の作品です。比較的新しいという印象をお持ちでしょうが、生活に密着して日常に使用される染織品が残っているのは美術館などに限られます。染織関係の所蔵数がこれほど多い私立美術館は、珍しいです。
国の重要文化財
―重要文化財に指定されているのは。
久保木 邸宅は、平成30年(2018年)には国の重要文化財に指定されました。収蔵品では、平安朝のかな作品・寸松庵色紙は、現代書道の教科書に必ず載るくらいに有名で、これを目的に来館される方も大勢いらっしゃいます。鎌倉時代の佐竹本三十六歌仙絵頼基や秋野蒔絵手箱、江戸時代の文人画も、重要文化財です。
―ほかに名品は。
久保木 南米の古代アンデスの土器ですね。他の地域にはないユニークな造形が魅力です。
―所蔵美術品の産地は世界中と言っていいのでしょうか。
久保木 ほぼ全世界にまたがりますが、北米のものは少ないとか、偏りがあるのは、遠山元一個人の眼を通して集めたからでしょう。
武蔵野の雰囲気や本物の邸宅美、そして世界の美術品との出会い
―年間入場者数はどのくらいですか。
久保木 ピークのころに比べれば、近年はコロナ禍もあり減っています。
―他で美術館なども増えていますが、こちらは特徴をどう打ち出されていますか。
久保木 そうですね。趣味や娯楽の多様化と、さまざまなアミューズメントもできました。当館では、収蔵品による展覧会ですから、展示テーマの切り口を変えることによって、新鮮な内容でご覧いただけるように努めています。美術品だけでなく、邸宅と庭の風情も楽しんでいただいてきましたが、新しい催し物もいろいろと検討中です。
―川越に来る観光客がここにも訪れてくれるといいですね。
久保木 周囲は田園地帯。隣の川越市には大勢の観光客が訪れますが、ここに来るにはバスに乗らなくてはならない。ちょっとだけ脚を伸ばしていただければ、川越ばかりか、関東でもほとんど見られなくなった武蔵野の雰囲気や本物の邸宅美、そして世界の美術品との出会いを堪能していただけると思います。
遠山記念館 川島町白井沼675 049・297・0007
(本記事は「東上沿線物語」第10号=2008年2月掲載記事をベースに2022年5月更新して作成しました)