日本茶は狭山茶や静岡茶など産地で区別することは多いが、品種に注目したり、品種で選択し購買することは少ない。こうした現状に対し、所沢市の専門店、心向樹(しんこうじゅ)は「品種茶」と銘打ち、品種の個性を前面に打ち出したこれまでにない活動を展開している。西武池袋線小手指駅前には、お茶の販売と飲食も提供する「My cafe」も開いた。店主の川口史樹さんに「品種茶」への思いを語っていただいた。
流通しているお茶のほとんどはブレンド
―「品種茶」という言葉は一般にあるのですか。
川口 元々業界用語としてはありましたが、一般的には使われていなかった言葉です。お米ならコシヒカリ、いちごならトチオトメなどほとんどの人が知っていますが、お茶の品種は知らない。お茶はブレンドして世の中に出るのが前提ですので、品種が商品名で使われることは少ないです。
―現在のお茶はみなブレンドしてあるということですか。
川口 生産される茶葉の73%はヤブキタという品種で、流通している99%は複数種をブレンドしたものです。
製紙メーカーでお茶の品種開発に取り組む
―その中で品種を前面に出されたのはどうしてですか。
川口 元々私は大学院で植物を専攻、日本製紙という紙会社に研究職で勤め、お茶も担当することになり、お茶の品種を作り出す仕事と、それぞれの品種の苗を作って販売する事業に携わっていました。その中で品種の個性や栽培の仕方、味とか香りの違いを苗木を売る時に説明しなければいけません。勉強して詳しくなり、品種それぞれの個性があることがわかり、世の中の人はそれを知らないという現状もわかり、なぜ誰も品種名でお茶を販売しないのかがずっと疑問でした。
このすごく魅力のあるお茶の品種。「はるみどり」は旨味が強いですし、「ふくみどり」はキレがあっておいしい。品種の個性を知ってもらった方が、お茶の良さが理解されるのではないかと思い始め、誰もやっていない、やれる人がいないなら、品種を理解している自分がやってもいいじゃないかと。会社を退職して、お茶の専門店を開いたわけです。
―独立はいつ。
川口 2016年1月です。ただ、今も前の会社から仕事をいただいており、サンルージュという品種は私が開発に関わり、うちが製造を担って納めています。
58種類の品種を扱う
―今やられていることは、品種で選んだお茶を仕入れて販売するということですか。
川口 お茶は畑にある時は木です。新芽を刈り取り、蒸して、揉んで乾かす。それを荒茶と言います。それは茎が入ったり、粉が入ったりしており、まだ製品ではない。そこから仕上げという工程があり、選別、さらに火入れという焙煎があり、そこまで行って完成。うちは荒茶で仕入れ、仕上げを自分でやっています。それを小売店やレストラン、ホテルさんに卸していく。いわゆる茶商の仕事です。自分でも、お店とインターネット、催事でも販売をしています。
―商品のブランドは。
川口 「心向樹」とつける場合と、先方のPB商品となる場合があります。
―扱っているお茶の品種はいくつあるのですか。
川口 お茶の品種は全部で130弱ありますが、うちで扱っているのは今58種です。
品種は味を決める3要素の1つ
―普通は産地や生産者によって味の違いが出ると考えますが。
川口 お茶の味を構成する要素は大きく3つあり、第1は品種です。品種により、紅茶に向いていたり、旨味が強い、渋みが強いなど違いがあります。ただ、品種だけでは味は決まらず、第2に環境とか栽培の仕方、畑の条件で変わります。沖縄と埼玉の畑では土も違えば光の強さ、温度も違うので、生育も味も変わる。第3に、加工の違い。蒸す時の時間の長さとか、仕上げの時の焙煎の強弱とか。
品種は一つの要素であるだけなので、品種が同じ「やぶきた」でもAさんとBさんでは栽培の管理、加工方法が違うので、味は違うことが当然起こり得えます。
―それでも品種を基準にされるわけですね。
川口 もちろん生産者は優秀な方にお願いしていますが、うちは品種にフォーカスしているので、できるだけ生産者の影響の少ないものを選んでいるとご理解いただければと思います。同じ「やぶきた」でも「やぶきた」らしく作ってくれる家と、その家独自の作り方をする家があり、極端な作り方をされると品種の影響が消えてしまい生産者の個性になってしまいます。そういうお茶をできるだけなくして、品種の特性が際立っているものを扱うようにしています。
―こちらでされる仕上げの工程ではどのような工夫をされているのですか。
川口 最後の加工の工程もすごく大事で、品種の個性が消えないようにしなければなりません。結局、品種に合った加工ができる方はいらっしゃらない。皆さん混ぜ合わせる前提で加工をするので品種の個性を際立たせるということは誰もやってこなかったのです。今までのやり方では品種茶の個性がつぶれてしまいます。
結果的に自分でやるしかないということで。私は退職してからしばらく農水省の施設での仕上げ工程の研修を受け、問屋さんにも教えていただき、自分なりに品種の個性を生かす仕上げの技術を考えて今やっています。
品種のマップ
―品種別のマップをお作りになっているのですね。
川口 横軸は味で、左:渋味と右:旨味。ただ、チャートはあくまで目安で実際はこうなりません。渋味も旨味も両方強いものもありますので。ただ一般的にわかりやすくするために作りました。縦軸が香りを表していまして、上の方に行くほど花のような、フルーツのような香り「フローラル」、下の方が若葉の香り、新鮮香が強い。
たとえば、「はるみどり」は旨味がまさり新鮮香はあまりしない。「ふくみどり」は、逆に新鮮香が強く、渋味も強い。
―「やぶきた」はどうなのですか。
川口 日本の中心のお茶ですが、やはりバランスがとれています。ただ「やぶきた」でも作り方によって変わり、うちの「極」は最上級で「旨味」側にあります。お茶は値段が高くなると「旨味」側に寄ってきます。玉露は旨味が強い。番茶は渋味があってあっさり。
―「やぶきた」の生産が多いということは、それなりのよさがあるからではないですか。
川口 「やぶきた」は73%を占めており、長い間続いています。みなさんがイメージするお茶に一番近い味が「やぶきた」なんです。香りや味に大きなくせがない。ブレンドを前提とした時、万人受けします。「さやまかおり」は、日本人の舌には少し渋い。好きな人もいるが、嫌いな人もいる。それと生産者側の事情で、「やぶきた」は摘める長さが長い。他の品種はおいしく摘めるのが1、2日しかない。「やぶきた」の場合、収穫が遅くてもそこそこにおいしい。
―「フローラル」に属するのは紅茶が多いのですね。
川口 「フローラル」というのは、実は生産量はほとんどありません。お茶の90%以上は、「若葉」側。マップで赤は紅茶、黄色が釜炒り茶。釜炒りは九州の一部の他、埼玉でも何人かが製造しています。「みなみさやか」は宮崎、「べにふうき」、「べにひかり」は全国で作っています。釜炒りの「むさしかおり」は埼玉です。
おすすめの品種
―おすすめの品種は。
川口 各ゾーンにそれぞれあり、あとは好みですが、右上(旨味・フローラル)では「そうふう」がいいですね。穏やかな香りも、旨味もあって。まろやか。産地は静岡から南。右下(旨味・若葉)なら「はるみどり」。強い旨味があるんですが、さっぱり感がないので、食事には合わない。左下(渋味・若葉)では「ふくみどり」。上質な渋味と説明しますが、渋いにも2つあり、えぐみに近い渋味、キレがあって心地よい渋味とありますが、「ふくみどり」は心地よい渋味で、口の中がさっぱりしますので和菓子などと合います。「はるみどり」、「ふくみどり」は埼玉です。
左上(渋味・フローラル)では、静岡県ですが、「香駿」が一番おすすめ。ほのかにジャスミンとかバラっぽい味がします。
―おいしいお茶の淹れ方を教えていただけますか。
川口 品種によりそれぞれ違います。たとえば、「はるみどり」は60度、150cc、1分15秒。「藤みどり」は90度、250ccなど。うちでは、商品のパッケージに一番最適な方法を表示しています。
―一般にお湯が熱いと渋く、ぬるいと旨味が出るというのは正しいですか。
川口 それはそうです。
―時間が長いと。
川口 渋くなります。あとは、茶葉の量、薄い濃いですね。
―軟水・硬水は。
川口 軟水の方がいいです。日本の水道水は全部軟水なので大丈夫です。ミネラルウォーターは見ないとわかりません。あとアルカリ性はダメです。
品種を広めるのが使命
―日本茶の消費は減少傾向にありますが、品種茶で新市場を開けますか。
川口 元々私はお茶屋ではなく、お茶においしいものがあるという価値観がなかった。そんな自分が仕事がきっかけでしたが、お茶の品種がたくさんあり、品種によって世の中に流通しているものと全く違うものがあるということを知った。それを皆さんにも知っていただきたい。知ったうえで飲む飲まないは自由ですが、多くの方は知らないで生活をしている。この現状はもったいないので、少しでも広めていきたいというのがうちの使命であると思っています。
―少し変化がみられますか。
川口 今お茶専門店が各地にオープンしていますが、新しい店はほとんど品種を扱ってくれているようです。産地名と品種名を書いてくれる。だんだん品種がお客様が選ぶ要素の一つになってきているという実感があります。
―出身は。
川口 戸田市です。子供の頃、お茶畑を見たこともありませんでした。
―日本茶インストラクターの資格を。
川口 はい。コーヒーが大好きでコーヒーマイスター資格も持っています。
―お店(「マイカフェ」)はいつから。
川口 独立してしばらくは、ネット通販と催事販売をして、直接の店舗はありませんでした。ご近所の知り合いの方が小手指でコーヒー専門のカフェをされていたのですが、体調を崩されたということでお話が来て、去年の5月からオープンしました。
―「心向樹」とは。
川口 心と向き合うということをイメージしています。「樹」は私の名から取って。うちのロゴも、ハート(心)が向き合っていることを意味しています。
(取材 2018年7月)
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