荒川に近い、上尾市西貝塚にある埼玉県総合リハビリテーションセンター。障害者支援、リハビリに関する県の中核施設で、整形外科など関連診療科、リハビリ施設から、運動施設、就労訓練・支援施設、さらには障害者手帳や補装具の判定を行う更生相談所と、あるゆる機能を備えている。どのような施設で、どのように利用できるのか。同センターの渋谷宏明事務局長にお聞きした。
脳卒中の後遺症が多い
―このリハビリテーションセンターの特徴は何と言ったらよろしいですか。
渋谷 このセンターができたのは昭和57年で、初代のセンター長は、国際的にも有名な研究者だった故五味重春先生でした。五味先生は、リハビリには、医学的、心理的、社会的、職業的の4つの分野があると言われた。4つの面から、それぞれの障害者を評価し、処方箋を出して、自立の方向に持っていってあげることが必要だと。
このような理想を実現するため、当センターは開設され、医学的、心理的、社会的、職業的リハビリを行うための体制、スタッフが全部そろっています。
当時は脳卒中を起こすと、安静にしているしかない、寝たきり老人になるというのが一般的で、この病院は画期的でした。
―具体的には、どのような機能を備えているのですか。
渋谷 第1に、リハビリテーション病院があります。
診療科目は、整形外科、リハビリ科、神経内科、排尿の管理を行う泌尿器科、歯科もあります。多いのは、脳血管障害、頚椎・脊椎損傷、神経難病、パーキンソン病など神経難病の患者さんで、在宅復帰を目的としている人の訓練です。
入院ベッド数は120で、入院している患者さんのほとんどは脳血管障害、脳卒中です。ここは救急病院ではないので、他の病院で手術してリハビリはこちらという方が多い。先天性の股関節脱臼など股関節の手術はうちで対応させてもらっています。
歯科もあります。医師の言うことをよく理解できなかったり、パニックを起こしたり、障害者にとって歯科治療は大変です。ここでは特殊な知識、技術を持った歯科医が担当します。
理学療法と作業療法
―リハビリはどのようなことをするのですか。
渋谷 医師が処方を出して、訓練を行います。一つ理学療法(PT)。手を曲げる、指を伸ばすとか、つまむ、歩く、起き上がるとかの基本動作の訓練です。
次に、服を着替えたり、ヒゲを剃ったり、ご飯を作ったり、歯を磨いたり、日常生活の動作を訓練するのが作業療法(OT)と言います。理学療法士と作業療法士は資格が異なります。
言語を失った場合は、スピーチセラピスト(SP)が言葉の復帰を訓練します。
また、高次脳機能障害の支援センターがあります。最近は、高次脳機能障害が増えています。交通事故でフロントガラスに前頭葉をぶつけ、命は助かったが、記憶が5分しかもたないとか感情のコントロールがうまくできないとか。それをうまくコントロールするような訓練をしています。
―訓練で多いのはどのような障害者ですか。
渋谷 やはり脳卒中の後遺症の患者さんが多いです。
―リハビリは入院ですか、通院でもできますか。
渋谷 どちらのケースもあります。たとえば脊椎損傷の場合、まずはトレーニングで筋力をつけないと、車椅子に乗ることもできませんので、最初は入院していただくことが多いです。
―通所はどのくらいの頻度になるのですか。
渋谷 通常は週1ほどで、あとは自宅で実践していただく形です。月1の方もいます。
―単なる訓練でなくスポーツもできるのですね。
渋谷 当センターは、体育館、ジム、プールの体育施設を備えています。患者さんの他、治療、訓練が終わった方も利用できます。全国大会に出てパラリンピックに行けるかなという人もいます。
手帳の交付や補装具の認定をする更生相談所
―更生相談所とは。
渋谷 更生相談所は、障害者手帳の認定や補装具交付の判定が主な仕事です。病院と更生相談所の両機能を持つことは他県と大きく異なる点です。
―障害の認定を受けるには、本人がここに来なければならないのですか。
渋谷 精神障害者の判定はここでは行わず、精神科医の診断書で済みます。他の障害も、巡回で県内を回りますし、身体障害者を判定する指定医の資格をお持ちの医師であればできます。ただ、最終的には、ここで決定することになります。
―補助を得て補装具を作成するには更生相談所で判定を受けるのですか。
渋谷 まず市役所に申し込んでいただきます。当所で判定をしますが、その資格をお持ちの医師であれば医師にお任せすることもあります。
―こちらで補装具の開発も行っているのですか。
渋谷 専門の技師が2人配置されており、その人に一番あった補装具が提供できるよう、うちで独自に研究開発をしています。今義手・義足、補装具の技術はものすごく発達しています。
―補装具の製作は。
渋谷 実際の製作は、得意な業者に頼むことになります。業者は判定はできませんが、作るのは技術ですから。
就職のあっせんまで行う就労支援施設
―就労支援施設があるのですか。
渋谷 経済的、職業的自立に向けて、就労訓練も、やっています。制度的には就労支援施設にはAとBがあり、Aは雇用契約、最低賃金法が適用されます。Bが福祉的就労で、収入は低いですが、働く場になります。他に就労移行支援と言って、職業訓練。うちは、就労支援Bと、就労移行支援を備えています。作業は、軽作業、パソコンなど。就職のあっせんまでやります。パソコンはすごく就職率がいいです。
―通所ですか
渋谷 通所と入所とあります。ほとんど通所です。
―こちらを利用するには、障害の種類、程度が限られますか。
渋谷 どんな障害でもよいです。ただ、新しい補装具を作るとなると、市の承認も必要になります。
―利用には他の病院の紹介状が必要ですか。
渋谷 医師の紹介状はできるだけあった方がよいですが、事前に電話して相談いただければ対応できます。
―施設の利用者は何人くらいいるのですか。
渋谷 外来患者数は2014年度で約2万人。うち、歯科が約5千人 脊椎損傷約1700人、パーキンソン病が約1500人、側わん症が約400人、などが主です。リハビリ訓練は1日平均64人程度です。
障害者の戦う姿勢が重要
―渋谷さんは、障害者のリハビリについて何が重要だと思いますか。
渋谷 五味先生の言われていた心理的リハビリに属しますが、人間は特に途中で障害を負うと、受け止めるまでにある程度時間がかかります。最初は、医学の進歩で明日にも治るのではないかと奇跡を信じる段階、次が何で自分だけがと自暴自虐的になる時期、次が落ち込む、やる気を失う、鬱の状態。それを脱するといよいよ「戦ってやるぞ」と。リハビリはこのタイミングを逃してはいけないというのが五味先生の主張でした。逆に早めにこの段階に持っていってやることが大事です。
―確かに科学の進歩で「奇跡」が実現しつつある面もあります。
渋谷 これから期待できるのはIPS細胞でしょう。その手前にあるのが、筑波大学の開発したロボットスーツです。私も見たことがありますが、筋電図を読んで本人が思う通り動いてくれる。筋ジストロフィーの患者さんなどには非常に有効です。また、うちで言うと、パーキンソンなどに対し脳の深いところに電極を埋め電流を流すことで治療する脳深部療法もすでに実施しています。
障害の世界は、医学の進歩で今後大きく変わってくると思います。視覚や聴覚障害で言うと、聴覚障害者にとってメールでのやり取りで非常に便利になりましたし、車も自動運転の時代が来るでしょうから、目が不自由でも車の運転ができるかもしれません。
―現状、障害者が自立するにはどのような選択肢があるのでしょうか。
渋谷 自立には3段階あり、1つは家庭内の自立。身の回りのことができるようになる。第2に社会的自立。通院、通学が一人でできる。第3に、経済的自立。できるだけ高い段階を目指すわけですが、一人ひとりゴールは違います。
自分で身の回りのことができず家庭内の自立も難しい重度の方向けには、昔の養護施設(今施設入所支援と言っていますが)があります。リハビリや職業訓練を受け、障害が割と軽くなり、見守りだけで済む人は、グループホームとかケアホームに住み、そこから作業所に通うという方法があります。
第1~第2段階の方で、私がおすすめするのは、グループホームに住み、福祉的就労できちんと働き、足りない分は障害年金で補う。やむをえない場合、あわせ技で生活保護もあります。
―渋谷さんは、元々障害者問題に取り組んでこられたのですか。
渋谷 大学では法律を学びましたが、障害者福祉に興味があって埼玉県庁に入りました。若い時当センターでケースワーカーを経験、その後本庁の障害福祉課に主幹で2年、課長で3年在籍しました。
(取材2016年3月)
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