「帝松」で知られる小川町の酒蔵、松岡醸造(株)。ミネラル豊富な硬水を使い、まろやかな味わいが特徴だ。直売所や飲食施設も併設し、交通が不便な場所にも関わらず、若い女性が多く訪れる。日本酒に新しい風を吹き込んでいる、松岡醸造の松岡奨専務にお話をうかがった。
全国の酒蔵の中でもトップクラスの硬水
―創業は。
松岡 1851年です。その前は越後(新潟)で酒蔵をやっており、こちらに移ってきました。
―現在は何代目ですか。
松岡 現社長(松岡良治=りょうじ氏)は私の父ですが、6代目にあたります。
―こちらの酒蔵の特徴は何ですか。
松岡 一番の特徴は水です。地下130mからくみ上げています。最近はっきりとわかったのですが、全国の酒蔵の中でもトップクラスの硬水です。温泉地に行くともっと硬水の水がたくさんありますが、温泉地の場合は鉄分が混入します。酒と鉄は相性が悪く、加工しないと使えません。弊社の使う水は、秩父の石灰岩の山を通り抜けてくるので、カルシウム分が多く鉄分がほとんどありません。
―水の特徴は小川地域全体に及ぶのではないですか。
松岡 水系が少し違いますし、130mの深さまで掘っているところはないと思います。小川に3蔵ありますが、それぞれ味わいが異なります。
―そのような水で酒造りをすることで何が変わるのですか。
松岡 弊社の水はミネラル豊富な硬水ということで、発酵を促してくれます。低温発酵タンクを入れ、より低い温度で酵母菌をいじめています。水にエネルギー、元気がある分より発酵をコントロールし、温度を低くとれるのです。それで、華やかな香り、あるいは特有のまろみ、まろやかな味わいが出ます。
「社長の酒」、「帝松大吟醸」
―コメは何を使っていますか。
松岡 半分は各地の酒造好適米で、食用米での酒造りにも挑戦をしております。地元小川町の完全無農薬のコシヒカリを使った酒も始めております。
―こちらのお酒の味はどう表現したらよいですか。
松岡 口当たりのなめらかさ。飲みはじめは抵抗を感じさせず柔らかく入り、その後奥深さが広がる。最後はスッと収束するような味わいと申しましょうか。
―銘柄は。
松岡 ブランドは「帝松」を主として、多くのアイテムがあります。
―有名なのは
松岡 「社長の酒」、「帝松大吟醸」などです。
―「社長の酒」とは。
松岡 50~60年前、吟醸酒の流通がまだない頃、埼玉県では弊社が先駆けでした。当時は鑑評会出品用で蔵の社長しか飲むことができなかったので、「社長の酒」と。今は出世酒として広くご愛飲いただいております。
「帝松大吟醸」は全国新酒鑑評会で今年も金賞をいただいています。8年連続金賞受賞の記録も保持しています。(県内最多)
はとバスツァーも
―販売はどこで。
松岡 埼玉県内のデパートや酒店にはほとんど置いてあります。
―ヤオコーはどうですか。
松岡 もちろん扱っていただいています。
―酒造見学を受け入れておられる。
松岡 見学は要予約で随時受け入れております。毎年2月の最後の日曜日に帝松酒蔵まつりを開いており、昨年は5時間で約7500人のお客さんに来ていただきました。 (小川町3蔵めぐりは別途開催)
蔵には直売店を併設しており、今年4月には新しく飲食店「松風庵(しょうふうあん)」を開きました。10月からははとバスツァーも入ってきます。蔵を見ていただく見学対応は新しいお客さんの獲得につながっています。
直売店に来るのは30代の女性がほとんど
―どのようなお客さんが多いのですか。
松岡 直売店には30代の女性等も多くいらっしゃいます。
―若い女性に人気があるということは、製品も変えているのですか。
松岡 新しいお酒もどんどん出しています。たとえばワイン酵母を使ったお酒の醸造も予定していますし、ちょっと甘くてかなりフルーティなお酒とか、今までとは違った日本酒を積極的に造っています。直売店には大吟醸アイスもありますし。パッケージも変えてきています。飽きさせないという取り組みをやっていると思います。
―新しい取り組みは専務がリードされているのですか。
松岡 そうですね。私が入ってからやり始めたことが多いです。
―専務はおいくつですか。
松岡 33歳になります。
―経歴は。
松岡 大学を出た後、東京・滝野川(王子駅)にあった醸造試験場で酒造りの勉強をし、埼玉県の酒造り学校にも通ってから、こちらに入社しました。
元々あるニーズを守っていくのも仕事
―これからの日本酒市場を拓いていくには若い感覚が必要だということでしょうか。
松岡 今シャンパンやワインみたいなお酒も結構出始めています。ただ、あくまで日本酒から逸脱したくないというのが私のモットーです。元々あるニーズを守っていくのも私たちの仕事かなと。たとえば冠婚葬祭やお清めの場で日本酒の使用が減ってきたとか、日本伝統の習慣がないがしろにされている部分がある。私たちは日本酒のメーカーとして文化ごと売り出すことをしなければいけないと思っています。若い人たちに日本酒の立ち位置をわかってもらい、その上で商品を認めてもらうには、やはり蔵に来てもらうことが大事です。
―小川町にいることの意義は
松岡 小川には元々5蔵ありました。この規模の町でこれだけ酒蔵が密集しているところはありません。昔は「関東の灘」とも呼ばれていました。今は3蔵ですが、小川というブランドで世界に売っていくというビジョンはあってもよいかな。観光協会主催の「小川町酒蔵めぐり」というイベントも回を重ね、定着してきました。
(取材 2019年9月)
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