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人形を芸術に高めた
  
 西澤笛畝の展覧会 
    
岩槻人形博物館

  埼玉県は日本最大の人形の産地で、中でも岩槻(さいたま市岩槻区)は日本有数の産地として有名だ。岩槻に昨年オープンしたさいたま市岩槻人形博物館で、特別展「西澤笛畝―人形をひのき舞台へ」と題する展覧会が開かれている(20211128日まで)。西澤笛畝(にしざわ・てきほ、1889-1965)は、日本画家として活躍しながら、数多くの人形を蒐集し、研究し、描き、その魅力を世の中に伝え、人形の文化芸術振興に多大な貢献をした。西澤笛畝は、板橋区常磐台に研究所を構えるなど東上線沿線にもゆかりが深い。

(本記事は、岩槻人形博物館職員のご説明、同展図録などを元に作成しました)

 

実業家で人形収集家であった西澤仙湖の女婿

 西澤笛畝(旧姓石川)は、明治22年(1889)東京・浅草に生まれ、花鳥画の荒木寛畝の門に入り、日本画を志す。大正2年(1913)に実業家で人形収集家であった西澤仙湖の女婿となり、経済基盤を得て、画業も軌道に乗り、仙湖とその仲間との交流を深めたことで、人形の世界に傾倒していく。


研究所で人形に囲まれて

 笛畝は、おびただしい数の人形を蒐集し調査・研究。画家として花鳥画だけでなく人形玩具をテーマとした作品も描き、画家としてのオリジナリティの確立にもつながっていった。


笛畝の日本画作品(昭和25年第六回美術展覧会出品)

人形作家の人間国宝認定を進める

 笛畝は、人形も本格的な学問や芸術の対象となるべきだと考えるようになる。昭和初期に盛り上がりをみせた人形芸術運動に尽力し、作家団体の設立や公募展に関与。昭和11年の改組帝展における人形の初入選を導いた。戦後は日本工芸会の初代理事長に推薦され、人形作家の無形文化財保持者(人間国宝)認定を進めるなど、人形の社会的評価向上に貢献した。


公募展図録

 笛畝は日本の人形だけでなく海外の人形も蒐集した。特に、大正末期から昭和初期にかけて中国、韓国、タイには自ら渡航して蒐集した。数千点に上ったコレクションを題材に人形玩具関係の著書を30冊近く執筆した。


笛畝が仲介した芥子雛の名品

土人形・花笠踊(笛畝が著書で頻繁に紹介)


三吉(平田郷陽、東玉人形の博物館蔵、郷陽は笛畝らの推薦によって後に
人間国宝に)


海外の蒐集品

常盤台に「西澤童宝文化研究所(西澤人形玩具研究所)」

 昭和11年には、当時「東の田園調布」と言われた板橋区常磐台に大きな長屋門を備えた自宅を建設し、「西澤童宝文化研究所(西澤人形玩具研究所)」を併設した。研究所は展示室を設け、蒐集した人形を公開した。

 笛畝は昭和40年(1965)に亡くなった(76歳)。20回忌にあたる1986年、遺族である日本画家西澤豊水によって越生町に笛畝のコレクションを展示した「笛畝記念人形美術館」が開設された。2006年にコレクションを岩槻人形協同組合に譲渡。同組合はさいたま市に寄贈。

20202月「岩槻人形博物館」オープン

さいたま市は、20202月、「岩槻人形博物館」をオープンした。館の収蔵品5000点のうち、笛畝のコレクションは3500点を占めている。同博物館の敷地は、旧岩槻区役所(市役所)の跡地である。

今回の特別展「西澤笛畝―人形をひのき舞台へ」は、さいたま市誕生20周年事業の一環として開催。笛畝のコレクション、日本画作品、書誌資料、親交のあった人形作家の作品などを展示している。

 博物館には、この他、①人形づくり、②日本の古典人形、をテーマとした常設の展示室もある。また博物館に隣接して買い物・飲食もできる「にぎわい交流館いわつき」が建つ。                             (取材202110月)