「食わず嫌い」という言葉がある。自分が食べたこともないのに、嫌いだと決めつけることを言う。主に食べ物について引き合いに出されることが多いが、人や体験したことがない事に対しても使うことがある。子供のころ、食事時にピーマンやニンジンがのどを通らず残してしまい、母親から叱られた経験を持つ人は多いのではないか。かく言う私は幼少年のころから、食べ物に関しては食わず嫌いとは無縁だった。家計が豊かでなかったから、あれが好き、これは嫌いと贅沢を言える環境ではなかったからだ。
私の数少ない趣味が囲碁と絵画で、ことに囲碁は学生時代から親しんできた。もうひとつが、趣味というよりスポーツをテレビで観戦すること。観るスポーツには一貫性がなく、手あたり次第と言ったところ。新聞のテレビ欄をみて、「あっ、これ観てみようか」といった感じである。実戦の方はからしきダメで、小学校の運動会が苦手で、徒競走はいつもビリ近く。中学校時代に野球部に入ったものの、レギュラーになれなかったため早々に退部。実際に体を動かしたのは、就職してからのゴルフとボーリングくらいである。スポーツ好きではあるが、専ら観る方が専門と言っていい。
スポーツ観戦が好きといったが、私の場合、対象競技種目は多岐にわたる。野球、サッカー、ラグビー、バレーボール、ハンドボール、アイスホッケー、陸上競技、水泳、柔道、レスリング、卓球、カーリング、フェンシング等々。競技者の名前を一人も知らないものもある。競技者や観客が近年増えているブレイキングなど私にとってニューカマーな種目を除けば、オールラウンドに近い。要するに、スポーツなら何でもいいということ。ラグビーのワールドカップ・フランス大会は佳境に入ろうとしているが、29日の日本対サモア戦では午前4時から6時まで、テレビの前を離れなかった。
伝統のあるスポーツの観戦者としてはほぼ何でも屋に近い存在ではあるが、私にも好き嫌いと言ってもよい種目が実はあった。実はバスケットボールである。長い人生、長いスポーツ観戦歴の中で、これまでテレビのニュース番組を除けばバスケットボールの試合を一度も観たことがなかった。食わず嫌いのせいだった。それを返上するきっかけを与えてくれたのが、先ごろ行われたバスケットボールの国際試合のテレビ中継。チャンネルをやたらと回していて、ファンの熱狂ぶりを見た番組を見て、何がそんなに面白いのだろう、もう少し、見てみようかという気になったからだった。
百聞は一見にしかずの類である。バスケットボールについては全くの門外漢であるが、日本が48年ぶりにオリンピックの出場権を獲得したこと、八村塁という富山県生まれの選手が本場・米国で大活躍していること、競技は5人で行われ、試合時間は40分くらいのこと、くらいしか知らなかった。それらはテレビニュースから得た程度のこと。実際の競技を観てみようか、という気が起きたことはなかった。
バスケットボールが私にとって食わず嫌いの類だったのは、点の取り方が何とも面白くない、味気ない、見るべき技術がない、という独断的な受け止め方に集約される。テレビのスポーツニュースを見て感じたのは、なんともつまらない技というものだった。ダンクシュートというやつだ。ボールを持ってジャンプし、ネットの中に叩き入れるだけなら、足が速く、高い身長を持つものが有利に決まっている、大した技術など必要ない、と決めつけていた。アメリカ人はなぜ、あんなスポーツに熱中するのか。身長で劣る日本人は不利に決まっていると思っていた。実戦を見て、それが偏見と言っていいものであることを知った。
初めて見た試合では、小柄な日本人選手が大男の間を巧みにすり抜け、ネットに迫ってシュートを成功させたり、巧みなパス回しで得点したり、相手選手の隙をついて、得点が加算される3㌽シュートを連発するなど、観ていて飽きない中身だった。バスケットボールの観客がこんなにもゲームにのめりこみ、熱中することを知ったのも驚きだった。大谷翔平選手が活躍するメジャーリーグの試合をよく観るが、そこで目にするのは個人としての能力にほとんどを依存する米国と、チームワークを意識した日本野球の違いである。バスケットボールにも、それがはっきりうかがえた。たまたま目にしたバスケットボールではあるが、随所に魅力のあることを知った。バスケットボールに限らず、特定の応援チームを持たない自分としては、偏見や先入観を持たず、ゲームを楽しんでいきたいと思っている。スポーツはルールを知るだけでも観る楽しさが増す、ということもバスケットボールから教えてもらった。
それにしても、日本ではスポーツに実際に取り組む、あるいは観て楽しむ人口が随分増えてきた気がする。生活水準が高まるにつれ、スポーツの質量も向上するのが公式ではないかと考えてきたが、30年間にわたり賃上げゼロだった国での今のポーツの盛況をどう理解したらいいのか。熱中しているのは一部の人だけで、彼ら・彼女らの派手な動作と声の大きさに幻惑されているのではないか、球技を中心とした国際的な活躍が強い刺激を与えているのか。解釈はともあれ、日本の今後の活躍を応援しながら見守りたい。
花見大介 :元大手経済紙記者、経済関係の団体勤務もある。近年は昭和史の勉強のかたわら、囲碁、絵画に親しむ。千葉県流山市在住