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愚者の独り言② 自然のしっぺ返し 花見大介

現生人類のホモ・サピエンスがアフリカ東北部の故郷を離れ、世界へ旅立ったのはざっと20万年ほど前だったと言われている。彼らは大陸を北上してユーラシア大陸の各地へ、あるいは船をつくることを覚えて紅海を渡り、インドや南アジア、オーストラリアへと進出していった。なんとも壮大な、夢のある、想像力を掻き立てるような旅ではないか。出アフリカを果たしたホモ・サピエンスがどれほどの人口規模だったのでは人類学者にでも聞いてみなければ分からないが、想像するに数万人にも満たなかったのではないか。現代のミニ国家並みと勝手に想像しておこう。ユーラシア大陸を北東方面から、あるいは南の島伝いに北上して日本列島にたどり着いたのは3億数千年前とされる。人類の生活には曲折はあっても、ほぼ一貫、進歩・発展を遂げてきたが、この稿は人類の歴史を語るのが目的ではない。人類は今、自然からしっぺ返しを受けようとしているという話である。

「人間は環境の動物」と言われる。自然環境に時には共生し、時には改造してきた。実際、現代人は摂氏マイナス数十度の極寒の地から40度を超す熱帯に至るまで、居住地を拡げて生きてきた。人の住んでいない所は大空や大海、超高山や南極など限られた空間だけである。近年は、月への移住も真面目に検討されているという。暑かろうが、寒かろうが、その地の気象条件や気候に順応して生きてきたのが人間である。でも、そうは言っていられない時が迫ってきているようである。長年住んできた、いわば先祖伝来の土地を離れざるを得ない地域が出ようとしている。今の場所に住んでいたら、命の危険に見舞われる気候条件になってきたからである。

代表的な地域が中東の産油国一帯。気温が、それも夏場の気温が急上昇し、日常生活を続けづらいくらいに上がっているのだ。生活どころか、住むこと自体が難しくなっているというから、コトは深刻である。主犯は年を追って強まっている地球温暖化傾向である。例えば中東のクウェート。日本では昨年夏、摂氏40度を超す猛暑日を記録したところが続出して新聞紙上やテレビニュースを賑わしたが、クウェートでは53度を超える猛烈な暑さが国土を襲った。これが例外的な暑さにとどまっているなら問題化しにくいかもしれない。ところが中東では、ことに主要都市では、夏季に40度を超すのが常態化している。中東地域では雨が降らなくなってきた。昨年は例年に比べて4分の1しか降雨がなかった国もある。隣接するエジプトのナイル川では水位がどんどん下がり、海水が流れ込んで農業が塩分被害に見舞われているという。

中東地域でも金持ちの国もあれば貧しい国もあり、全ての国が石油で潤ってわけではない。中東の盟主を自認するサウジアラビア、先にサッカーのワールドカップが開催されたカタールなどの富める国は、巨大な冷房装置をフル稼働させて猛烈な暑さをしのいでいるが、それには当然、化石燃料をベースとしたエネルギーを大量に消費する。二酸化炭素をふんだんにはき出す。そんな弥縫策を、天に唾するような対応をいつまでも続けられるわけでもない。いずれ、それも近い将来、限界が来るのは明らかである。中東に住む4億人の民の多数が、故郷に住めなくなる日が刻々迫っている。戦争や地震などの自然災害など不慮の出来事を除けば、自分の住んでいる町や村での生活が命の危険にさらされようとしていると誰が想像できただろう。私達はこのような他国での事態を、他人事として見過ごしていいのか、無関心で過ごすのか、真剣に考えてみる必要がある。日本での夏の気温が年々高まり、生活しにくく日本なっていることを考えてみてほしい。中東の今日が、明日の日本にならない保証はない。

世界気象機関によると、18世紀半ばから19世紀にかけて起こった産業革命前から現在までに、世界の平均気温は摂氏約1.5度近く上昇し、抑制上昇幅とされる「プラス1.5度」に近づいている。わずか1.5度の温度上昇と軽く言うかもしれないが、先史時代だったら数千年は要する期間とされる。それが現代では200年前後しかかかっていないのだ。中東地域では既に、2.5度も高くなっているという。平均気温が今より0.5度上がるとすれば、世界の農業生産が深刻な打撃を受けるというから、世界の食料危機が広い国、地域に広がる公算が大きい。

 もう一つの課題は難民の動向。昨年、ドーバー海峡を渡って英国に押し寄せた難民(密航者)は数万人に達したが、これよりもはるかに多い人々が石油のもたらす現代の富を求めて、あるいは歓楽を求めて、アラビア半島に押し寄せてきた。1973年に勃発した第1次オイルショックからこの方、アフリカをはじめ世界各国からの移民らはこの50年間で4000万人を軽く超すとか。だが、現在の、そして将来の、それも遠からぬ時期の気候条件下では、とりわけ貧者は稼ぐよりも生命の深刻な危機に直面すると考えられる。現住所で生活を続けていては生きていけない、命の危険にさらされるとしたら、人は新たな定住地を求めて移民とするか、難民になるかしか道はない。

難民が急増したら何が起こるのか。例えばヨーロッパではムスリム(イスラム教徒)の難民、移民が増えた結果、個人を重視する価値観を持つ民と、神の定めた規範を重視する共同体意識の強い民とのアイデンティティの違いからくる摩擦が強まっている。先祖代々、営々として築いてきた生活基盤や文化を乱されたくないというのが、受け入れ国側の正直な気持ちだと言われてきた。となると、今はあまり顕在化していない摩擦が、自国民の間で一気に燃え広がらないとも限らない。難民に職を奪われる、居住地に難民の閉鎖的な村社会が形成される、といった自国民の不満が内在しているからだ。

人類は今、進歩・発展による環境汚染や破壊の代償を償う時を迎えた。環境破壊が巨大だっただけに、借金のツケも途方もなく大きい。地球温暖化の副作用も、大きく広がっているからである。言葉を換えれば、巨大な借金は自然の人類に対する痛烈な仕返しと理解することができる。国家や自治体、企業や団体、あるいは個々人は、できることは何でも実行して借金返済のための対応を誠実に進めることが欠かせない。ウクライナへの軍事侵攻、いつ止むかもしれない内戦、民族抗争などの愚行を繰り広げている暇はないはずである。

花見大介 :元大手経済紙記者、経済関係の団体勤務もある。近年は昭和史の勉強のかたわら、囲碁、絵画に親しむ。千葉県流山市在住

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