元旦の夕方に発生した能登半島地震にはビックリさせられました。私は30年以上も前に輪島市にある輪島塗の工房を訪れたことがありましたが、今年は久しぶりに能登半島を巡ってみたいと考えていた矢先でしたので余計です。地震の神様は盆も正月も関係なく日本列島を襲い、人々に災禍をもたらします。亡くなられた方々のご冥福と被災された方々が一日も早く元の暮らしを取り戻されることを心からお祈り申し上げます。
自治体間の災害時相互支援協定
地震の直後から各種マスコミが地震で破壊された家屋や被災された方々の状況を報道し、全国各地から救助隊や支援物資が能登半島の自治体に送られています。毎年のように大規模な自然災害に見舞われる日本では、政府の災害対応だけでなく自治体が担う災害対応が極めて重要です。今回の能登半島地震でも地元の自治体職員方はご自身が被災者であるにも関わらず、全力で救助活動や支援活動に尽力されていることはマスコミ報道を通じて承知されている向きが多いと思います。
あまり知られていないことですが、大規模な災害が発生した際には被災地域の自治体に全国の市町村から応援隊が駆けつけ、災害関係の行政事務などを支援する姿が当たり前に行われています。日本の自治体には、イザとなると互いに助け合う精神風土があるということでしょう。その一環として、今回のような広域の大型災害に至らない比較的小規模な災害に対しても、各自治体は区域を越えた災害時相互支援協定を締結して事態に備えています。
この自治体同士の災害時相互支援協定を後押ししたのは、1995(平成7)年1月に起きた阪神・淡路大震災で、それまで3件しかなかった都道府県間の広域防災応援協定が同震災を契機に全国に広域防災応援協定の締結が急速に広がり、翌1996(平成8)年には全都道府県が災害時相互支援協定(広域防災応援協定)を締結しました。
また市町村でも、災害時相互支援協定(広域防災応援協定)に取り組む団体が多くなり、2022(令和4)年4月1日現在、全国1,741市町村のうち97.2%に当たる1,692 団体が他市町村と災害時相互支援協定を締結しいます。また他都道府県の市町村と協定を結んでいる自治体も1,323団体(76.0%)と7割を超えています。
災害時相互支援協定の内容は各自治体ともほぼ共通しているようで、筆者が確認した見た限り、概ね次のような内容でした。
・支援の種類:資機材の提供、職員の派遣、ボランティアの斡旋 |
・応援要請の手続き:被災市が支援を要請する際の手続き、要請文書に記載する必要事項 |
・支援の実施:協定自治体が支援を実施する要件 |
・費用の負担:協定自治体が支援委要した経費の負担原則 |
・調整自治体の設置:複数自治体が広域的に相互支援する場合、被災自治体と支援自治体間の情報連絡・調整を行う自治体を定める |
・連絡担当部局:協定の実施・運用に係る諸連絡の担当部局 |
・災害補償:支援活動の際に支援市の職員等が負傷または死亡した際の保障原則 |
東上沿線自治体の相互援助協定締結先
では、私たちが暮らしている東武東上線沿線の自治体が締結している災害時相互支援協定の相手先はどうなっているのでしょう。早速、沿線の20自治体(川越市、東松山市、朝霞市、志木市、和光市、新座市、富士見市、坂戸市、鶴ヶ島市、ふじみ野市、三芳町、毛呂山町、滑川町、嵐山町、小川町、川島町、小川町、鳩山町、ときがわ町、寄居町)について、各自治体のHP上で公開している協定の締結状況を眺めてみました。その結果、全ての自治体が埼玉県内の他自治体と協定を締結していましたが、県外自治体との協定締結にはかなりの違いがあることが分かりました。20自治体における県外自治体との災害時相互支援協定の締結状況は次のような状況です。
・10以上の自治体と締結:2市 |
・5~9の自治体と締結:3市 |
・1~4の自治体と締結:10市町 |
・県外自治体との締結は無し:5町 |
こうした状況から県外自治体と協定を締結している東武東上線沿線の自治体は15市町で、うち3分の1に当たる5市町が5以上の県外自治体と協定を締結し、3分の2に当たる10市町は県外自治体との協定締結先を1~4の自治体に絞り込んでいました。この他都道府県の市町と協定を締結している15自治体について協定締結先の立地状況を分類してみると、次の3グループに分けられます。
・近接都県の自治体を主体に協定を締結している:5市町 |
・位置にとらわれず広域的な自治体と協定を締結している:4市町 |
・遠隔地の自治体を主体に協定を締結している:6市町 |
今回調査した東上線沿線自治体の場合、協定締結先の位置は近隣都県の自治体、広域地域の自治体、遠隔地の自治体の3グループがほぼ同数でしたが、協定締結先の位置と協定の締結時期と重ね合わせてみると興味深い事実が見えてきます。
すなわち、近隣都県の自治体を主体に協定を締結している5市町と広域地域の自治体と協定を締結している4市町は1995(平成7)年から2005(平成17)年の間に協定を締結した自治体が大方で、阪神・淡路大震災を契機にした災害対策基本法改訂を踏まえていることを想像させるのです。一方、1以上の都県を挟んだ遠隔地域の自治体を主体に協定を締結している6市町は、大部分が2011(平成23)年以降に協定を締結しており、東日本大震災に後押しされる形で協定を締結した色彩を強く感じさせます。
朝霞市の取り組み
朝霞市も、2011(平成23)年3月11日に発生した東日本大震災を契機に県外の自治体と災害時相互援助協定を締結しました。現時点、朝霞市が災害時相互援助協定を締結している県外の自治体は次の4市町です。
・岐阜県瑞浪市(協定締結2011(平成23)年9月) |
・長野県佐久市(同2011(平成23)年10月) |
・山形県東根市(同2012(平成24)年11月) |
・福島県須賀川市(同2015(平成27)年8月) |
こうした朝霞市と協定を締結した自治体は全部が同市とかなり距離を置く地域にあります。多分、朝霞市独自の考え方があって協定締結先を吟味したのでと思われす。
そこで当時の事情を知る方にお聞きすると、「朝霞市を要にした地図の扇を描いた時に、協定を締結する自治体は扇の左右と中央にバランスよく配置され、かつ災害が発生した際に高速道路を使って互に資機材の搬送が可能な先であることが大切と考えました。その考えに基づいて瑞浪市、佐久市、東根市を候補に挙げ、当市から各市にお願いして協定を結んでいただいた」とのことです。かなり戦略的な考え方で朝霞市は協定を締結したことが分かりますね。
もっとも、協定の締結を働きかける以前に各市と朝霞市は別々の縁で繋がっていました。瑞浪市とは同市出身の人間国宝陶芸家である加藤孝造氏の作品が朝霞市内の「丸沼芸術の森」に所蔵され、佐久市とは朝霞産のサツマイモ朝霞甘藷を使った焼酎の製造元が佐久市の酒造業者であり、また東根市とは共に陸上自衛隊の駐屯地が市内に所在しているという具合です。
これら3市とは異なり、2015(平成27)年に締結された須賀川市との協定は、東日本大震災で被災した同市に朝霞市職員を応援派遣したことが契機になって須賀川市から要請が寄せられたとことです。朝霞市からみると、既に協定を締結した3市とは距離が離れており、かつ災害が発生した際に高速道路を使って互い資機材の搬送が可能とする自身が設定した災害時相互支援協定の締結条件に合致しており、須賀川市の要請は受け入れ易かったようです。
こうして締結された朝霞市の災害時相互支援協定ですが、協定に基づく支援が発動されたのは、2019(令和元)年10月の台風19号により被災した佐久市に応援職員を派遣した事例に止まっています。元々、協定に基づく支援活動は頻繁に発動されるものでありません。でも協定の締結が縁となり、平時は援助協定を締結している自治体同士がイベントで交流する姿が当たり前になっているのは喜ばしことです。朝霞市でも、毎年8月上旬に開催している市民まつり「彩夏祭」には協定を締結している4市が都市間交流ブースに出展し、朝霞市も各市が開催するイベントに積極的に参加するのが通例となっています。
人は一人で生きていくことは出来ません。家族、友人、職場の同僚など色々な繋がりの中で生きています。それは自治体も同じで、近隣の自治体だけでなく、遠く離れた自治体でも縁がある先との繋がりが大切だと私は考えています。この当たり前の現実を自治体の災害時相互援助協定は再認識させてくれるのです。
ここまでお読みいただいた方の中には、今回の記事には「地域探見が書かれていない」とお怒りの向きもあるかも知れません。ご安心ください。ちゃんと用意してあります。
東根の大ケヤキ(欅)
実はこの記事を書くに当たって朝霞市の相互援助協定締結先である山形県東根市に行き、市役所の担当者からお話をお聞きしてきました。東根市を選んだ理由は単純です。これまで私が行ったことが無い町だったからです。
東根市は、サクランボの産地で高級ブランド佐藤錦が誕生した所として名を知られています。山形新幹線の「さくらんぼ東根駅」で下車、駅ビルにある観光協会で東根の名所を教えてもらいました。観光協会の方が神主の祝詞のような慣れた口調で教えてくれた第一の名所が特別天然記念物「東根の大ケヤキ(欅)」でし。早速、私はレンタサイクルを借りて大ケヤキに向かいました。
東根の大ケヤキは、14世紀の南北朝時代にこの地域を支配していた小田島長義が築いた東根城内で生育し、現在は城址に建てられた市立東根小学校の正門脇にそびえ立っています。大ケヤキの樹齢1,500年以上、幹回りは16メートル、幹は地上5.5メートルのところで二岐に分かれ、高さは28メートルに達しています。大樹を見ると何時もその迫力に感動するのですが、東根の大ケヤキも人の心を揺り動かす迫力があります。
昔は雄ケヤキと雌ケヤキと呼ばれた2本のケヤキがあったようですが、雄ケヤキの方は1885(明治18)年に枯れてしまい、現在の大ケヤキは雌ケヤキの方とのこと。ケヤキの世界も男の寿命は短く、女は長生きするようです。
東根の大ケヤキは枝葉が東西方向に延びて、南北方向に人が通り抜けられるほどの空洞がありますが、素人目には樹勢にはほとんど影響はしていないように見えます。大ケヤキに対面していると、巨大な幹や太い枝から身体の底に響く自然のエネルギーを感じます。また、13年前の東日本大震災や毎年のように襲いかかる台風や大雨などの自然災害を克服して生きていく東北人の強さを感じる東根の大ケヤキです。
長谷川清:全国地方銀行協会、松蔭大学経営文化学部教授を経て2018年4月から地域金融研究所主席研究員。研究テーマは地域産業、地域金融。「現場に行って、現物を見て、現実を知る」がモットー。和光市在住。