池袋から東上線で4番目の大山駅の南口に出ると、長大なアーケードのかかったハッピーロード大山商店街がある。東京都板橋区最大の商店街だ。2010年にこの商店街の訪問記を、当時は印刷媒体だった「東上沿線物語」のコラム「沿線散歩」に寄稿した。今年7月と8月に再訪し、改訂・加筆した。
「夕方、全長560メートルのアーケードにある450個の照明灯に明りが灯る。2009年12月に水銀灯から発光ダイオード(LED)に取り換えた。二酸化炭素(CO2)の排出量削減と電気代削減の効果があり、『環境にやさしい商店街』を目指す試みである。」(2010年3月1日発行の「東上沿線物語」第28号)。
前回訪れたのは、LEDに取り換えて間もない頃だった。LEDの照明灯は今も健在だ。ハッピーロード大山商店街振興組合の事務局に問い合わせたところ、「SDGs(持続可能な開発目標)を先取りする取り組みです」と胸を張った。昨年(2022年)から2年間で、14年間使用したLED球の全ての取り換えを進めているとのことだ。
同振興組合に加盟する実店舗の数は約150。店を直接運営していない「貸店舗業」を含めると加盟店は205店。実店舗の大部分がアーケードの両側に店を並べる。餅菓子店、青果店、金物店、眼鏡店など、永年、周辺地域の消費者から支持されてきた地元の店が多いが、全国チェーンのドラッグストアやコンビニエンスストア、ハンバーガー店などもかなりある。これらの店が混然と連なり、独特のにぎわいを醸し出している。飲食店の種類も多い。
LED照明に限らず、時代の変化に敏感で、新しいことに果敢に取り組んできた。その一つに、組合直営の「全国ふる里ふれあいショップ とれたて村」がある。現在、板橋区と交流のある北海道の十勝清水町、山形県の尾花沢市と最上町、長崎県平戸市の4つの市町村と連携、そのアンテナショップとして各市町村の野菜や漬物、米などの物産を販売している。
“開業“は2005年で、当時は、現在、再開発事業が進行中のアーケードの西側の一角「クロスポイント周辺地区」内のアーケードにあった。再開発工事のため3年前に、同地区より東寄りの場所に移転した。以前、振興組合のイベントスペース「ハッピースクエア」があった場所で、再開発の完成までこちらで営業することになった。
店舗面積は約30平方メートルと旧店舗の半分と狭くなったが、北海道十勝清水町の酪製品、山形県最上町のアスパラ、長崎県平戸市の甘夏など店名にふさわしい新鮮な商品がびっしり並ぶ。1袋500円前後の買いやすい価格帯の野菜等の生鮮品が多い。
再開発中の「クロスポイント周辺地区」の近くには、2020年10月に振興組合の100%出資のまちづくり会社、まちづくり大山みらいが、シェアキッチン「かめやキッチン」を開設した。これも進取の試みだ。経営者が高齢のため閉店した「かめや履物店」の店舗を借りて、調理施設や飲食スペースを整備し、生産者が駆け付けて開く試食会などのイベントや飲食店の貸店舗として運営している。
履物店を営んでいた方が地域活性化に役立ててほしいとの意向があったことから実現したという。運営は街なか再生事業や空き店舗事業のノウハウを持つ専門会社に委託している。今回、8月の昼間に訪れた日には、板橋区にある沖縄料理店が借りて沖縄料理を提供していた。
22年2月、振興組合は「ハッピーロード大山オンラインショップ」も開設した。「とれたて村」で扱っている食品をネットで販売するほか、組合加盟店のなかで希望する店の商品も「オンラインショップ」で受注する。加盟店の利用は実証実験中で、現在は、生花店が1店だけ利用しているだけだが、今後、加盟店の利用を増やしていき、商店街のDX(デジタルトランスフォーメーション)化につなげたいとしている。
古くは1954年に都内の商店街では初めて日専連クレジットカードを導入した。また、現在、多くの商店街で使われているポイントカードの導入も早く、95年に「ハローカード」として導入した。「ハローカード」は、105円の買い物ごとに1ポイントがたまり、買い物券などと交換できる。毎月3、13、23の3のつく「お福三の日」はポイントが3倍になる。この「お福三の日」とは、川越街道に面した同商店街の西端近くにある、大山福地蔵尊としてまつられている「おふくさん」の縁日である。
「おふくさん」は江戸時代の文化文政期に付近の住民の難病苦業を直し、大山宿の人たちに慕われていた行者と伝えられている。買い物のついでに立ち寄り、手を合わせる人が絶えないようだ。今回、大山福地蔵尊に行ってみると、昨年、そばの新しいマンションの建設工事に伴って、改修されていた。今年4月に再整備が終わり、福地蔵尊は真新しい石造のお堂の中に安置されていた。
ところで、大山の地名は、江戸時代盛んだった神奈川県の大山へ参詣する大山詣の往来に由来する。もっとも、1931年の東上線大山駅開業時の1日の乗降客は750人程度だった。現在の乗降客数は約4万4千人(2022年の1日平均)にのぼる。半径1キロを主要商圏とした近隣型商店街として発展したのは太平洋戦争後である。2020年からのコロナ禍で激減した通行量は徐々に回復してきている。現在の1日の通行量は最大で2万8千人になっている。
今年(23年)4月には、1日24時間の「人・車」の通行量を、AI(人工知能)カメラを駆使した測定システムを本格稼働させた。振興組合では、「収集したデータを科学的な分析を行い、お客様に喜んでいただけるような商店街になれるようにしたい」と意気込む。
1978年に最初のアーケードが完成した際(96年にリニューアル)、公募でハッピーロードの愛称を決めた。「幸せにつながる長い屋根」がその趣旨だった。昨年(2022年)から今年にかけて再度、アーケードの屋根を張替えた。
ただ、西側のクロスポイント周辺地区の再開発と同地区内の都道整備が完成すれば、ハッピーロードのアーケード全体の3分の1にあたる183メートルが解体撤去される。再開発では2棟の超高層のタワーマンションなどができる。来年(24年)3月末に竣工の予定だが、アーケード撤去は2期にわたって行われ、1期は26年3月までには撤去されることが決まっている。
クロスポイント周辺地区内のアーケードを歩くと、移転した店舗の前には仕切りや覆いがしてあり、建築計画の説明や移転店舗の案内が掲示されていた。案内にあるのは14店で、このうち6店はアーケード内に移転先がある。他の店はアーケード周辺や隣接商店街の「大山遊座」内に移転している。高齢のため廃業した店や、貸店舗業の方を含む関係店舗数は約40店に及ぶ。再開発でできる低層階の商業施設で貸店舗として事業を再開する方も少なくないとみられている。
クロスポイント周辺地区のさらに西側でも超高層のタワーマンション2棟などへの再開発が予定されている。一部の店は再開発に反対しており、8月にアーケードを再訪したときは「再開発反対」ののぼりも立っていた。しかし、再開発は実現へ向け動き出している。ただ、今のところ、こちら側のアーケードは存続する予定だ。
一方、アーケードがなくなるクロスポイント地区では低層階は商業施設となり、アーケードが分断されても商店街の連続性は保たれる計画である。とはいえ、全体のアーケードの3分の1がなくなれば、イメージは変化しよう。商店街としての一体感やブランド力を維持・向上するには、振興組合が様々な形で力を入れてきた集客のためのイベントや情報発信の一層の強化が求められるのではないだろうか。
ちなみに、振興組合では「ハローロードTV」と称して、アーケードの4カ所に設置したモニター画面やYouTubeで、商店街の情報やイベントの動画を配信している。商店街の公認アイドルに任命した女性シンガーソングライター「Cutie Paiまゆちゃん」によるストリートライブを毎月開催したり、4人組のお笑い「商店街盛り上げボーイズ」による催しを企画したりと、ユニークな取り組みは多い。
学習系のイベントである「大山ハッピーゼミ」(通称「まちゼミ」、主催は街づくり会社のまちづくり大山みらい。商店街振興組合と共催)も毎年開催している。いろいろな分野のプロである商店の方が講師になって開く無料のミニ講座だ(材料費別)。2015年に初めて開催し、23年は第9回目を迎えた(開催期間は8月19日~9月末)。
<筆者のプロフィール>永家一孝(ながや・かずたか):志木市在住の元日本経済新聞記者。商業や消費動向、観光、マーケティング、広告などの分野が専門で、現在、フリーランスのジャーナリスト・リサーチャー。1952年生まれ。周防洋(すおう・よう)はペンネーム。