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長谷川清の地域探見(2)
琉球泡盛古酒
地酒の逸品

  
 日本社会は数多くの地酒を生み出した。その一つが沖縄県の泡盛で、タイ米を原料に黒麹菌を使って醸造した原酒を蒸留する米焼酎の一種である。地酒には地域の気候風土だけでなく、地域文化の影響を大きく受けて個性的な風味を持つものが少なくない。泡盛も沖縄の歴史と食文化が生み出した地酒の逸品である。私はここ3年ばかり毎年沖縄に行き、泡盛製造業者を訪問し、お話を聞きながら泡盛を楽しむ機会を得ている。本稿は、その経験を踏まえたレポートである。
      
 
泡盛の源流

沖縄の風土を考える際、沖縄が明治初期まで琉球王国の支配地域であったことを抜きにはできない。琉球王国は恵まれた地理上の位置を生かし、中国との朝貢関係、東南アジア各地との交易、江戸幕府との交流を通じて他地域の文化を吸収し、連帯感の強い独自な社会を形成した。沖縄の人々が今でも日常的に使っている「イチャリバチョーデー(行き会えば兄弟)」という言葉は、地域の強い連帯意識と親密な人間関係を象徴する言葉である。


沖縄県恩納村から眺めた東シナ海(筆者撮影)

  沖縄の食文化も、他地域の食材を積極的に受け入れて独自の料理も生まれている。琉球王朝時代は中国風の豚肉料理が発達した一方で、琉球王国が北海道産昆布の輸出中継地となったことから料理の下地に昆布が使われようになり、戦後は進駐した米国軍から供出された缶詰のポークランチョンミート、コンビーフハッシュなどが一般に普及した。

こうした食の東西交流の中から沖縄独特の地酒である泡盛が誕生した。泡盛は原料にタイ米を使い、黒麹菌で発酵・蒸留する琉球文化が育んだ米焼酎である。全国に泡盛の存在が知られる契機を提供された故坂口謹一郎博士によると、泡盛は15世紀に当時のシャム(現在のタイ)から製法が伝えられたとされる。確かに、タイのラオ・ロン酒は香気、風味ともに泡盛に酷似しており、容器に使われる壺も同質であることから「泡盛はシャム酒なり」としている。

しかし、泡盛はラオ・ロン酒とは違う。坂口博士によると蒸留酒は麦芽酒文化圏とカビ酒文化圏に大別され、中国、東南アジア、沖縄、日本は後者のカビ酒文化圏に属している。カビの利用法も、穀物を砕いて水で固めたものにカビを発生させた餅麹と、飯にカビを発生させたバラ麹に分けられるが、バラ麹は日本本土と沖縄にしか見られない。ここから坂口博士は、ラオ・ロン酒が中国系の酒であり、泡盛は日本系の酒であると判断された。


伝統の壺入りの泡盛(沖縄県酒造協同組合)

泡盛の誕生

泡盛の特徴は、伝統的に「黒麹菌」だけで醸造するところにある。今では沖縄以外の地域でも黒麹菌を使った酒造りを行っている業者が散見されるようになったが、黒麹菌は沖縄の自然環境に生まれた麹菌で、亜熱帯海洋性の 高温・多湿な気候が支配する沖縄の酒造りに最も適しているとされている。

黒麹菌は、生澱粉の分解力に優れ、クエン酸を効率的に生成し、モロミの段階で雑菌の繁殖を防ぐ効果をもっている。この黒麹菌がある時期から沖縄産の地酒に使われるようになり、酒の名前も泡盛と名乗るようになった。「泡盛」という名称の起源は定かでないが、原酒を蒸留する際に泡が盛り上がり、容器に注いだ際に生じる泡をみて酒の度合を判断したことに由来するという説が有力なようだ。

黒麹菌が沖縄の酒製造に使われるようになったのは15世紀半ばの時期らしい。当時の琉球王朝は、シャムとの交易が途絶してラオ・ロン酒を醸造する餅麹を入手することが出来なくなり、その代わりに従来あったバラ麹の一変形である黒麹あるいはその仲間の麹菌利用して醸造されたのが泡盛と想像されている。

その後、琉球の泡盛づくりは独自の発展を遂げ、17世紀後半には泡盛は琉球王家の酒となり、王朝の居城である首里城近くの三箇村に居住する焼酎職40家にしか泡盛の製造が許されない時代が続いた。この時代には、焼酎職以外の者が泡盛をつくると死罪または流刑という厳しい制度もあったという。だが、明治に入ると泡盛づくりは一般に開放されて沢山の醸造業者が誕生、一般大衆が楽しめる酒となった。


消失前の首里城正殿(筆者撮影)

 では泡盛には何時ごろからタイ米が使われているのだろか。調べるとその歴史は意外に浅い。明治以前は沖縄の地元米が原料に使われていたようであるが、明治期に起きた米価高騰を契機に安価な外米を使用するようになり、昭和期以降、タイ米の利用が本格化したという。これはタイ米が硬質米であるため粘りけがなくて麹が作りやすく、しかもアルコールの収量が多いなどが要因とされるが、泡盛のルーツがタイのラオ・ロン酒であったことを考えると、沖縄の泡盛作りがタイ米の使用に至ったのは酒神の導きであったのかもとの思いも生まれる。

減少する泡盛の生産・移出出荷量

 国税庁の分類によると、泡盛は一般に本格焼酎と呼ばれる単式蒸留焼酎の焼酎乙類に属しているが、泡盛の生産量は単式焼酎全体の3.2%(2020年)に過ぎず、知名度の割に生産量が少ない。また沖縄の泡盛業者は上位7社だけで7割以上を占めて多くは年間生産量が200kl以下の小規模零細事業者である。泡盛事業者は小規模な業者が多いものの、生来の製造業が少ない沖縄県にとって泡盛事業は貴重な存在で、特に久米島や与那国島などの離島地域では大切な就労場所となっている。

問題は、このところ泡盛の生産・移出(出荷)量が減少を続けていることである。今年4月に沖縄県内47の全泡盛製造事業所が加盟している沖縄県酒造協同組合が公表した2020年の製成数量(泡盛生産量)は、12,466キロリットルで前年と比べて18.8%の減少し、移出数(出荷)量も13,817キロリットルと前年比13.7%減少した。新型コロナウイルス感染拡大の影響を大きく受けて、前年までの減少傾向に拍車がかかった形となった。この結果、泡盛の生産量と移出(出荷)量はともにピーク時2004年当時の半分にまで落ち込んでしまった。移出量の落ち込みに合わせて泡盛製造業者の収益状況も悪化している。

(資料)沖縄県酒造協同組合公表データより作成

 同組合は、泡盛の移出(出荷)量が減少を続けている要因として消費者のし好の多様化、健康志向に伴う低アルコール選好が響いていると説明しているが、同様な減少傾向を辿っている単式蒸留焼酎全体の減少速度より泡盛の減少は早く、事業者の収益状況も悪化傾向を強めている。この事態を打開するため、沖縄県酒造協同組合は、①消費者ニーズに合わせた商品開発、②泡盛に馴染みの少ない県内外の若者向けイベント、③泡盛のブランディング等に取り組んでいる。

 同組合の努力は、県外移出の動きに表れている。先のグラフを見ても泡盛の県内移出のカーブがやや急な右下がりとなっている一方、県外移出のカーブは緩やかな右下がりである。この結果、泡盛の県外移出率(県外移出に対する県内移出の比率)は、2004年以降低下を続けていたものの、翌2015年から回復の動きとなり、2020年には24.1%まで回復している。

 
泡盛古酒

 泡盛復興の主役を担っているのが泡盛の「古酒」である。古酒はアルコール度数が高い年若の泡盛をカメやビンに入れたまま数年間寝かせて熟成した泡盛で、沖縄では「クース」と呼ばれる。沖縄では泡盛を熟成させることを「寝かせる」と表現し、泡盛は寝かせば寝かすほど香りも甘くなり、口に含んだときの舌触りもまろやかになって特別な酒に変身する。長く寝かせるた年若の酒が熟成し香味が増して「古酒」に成長するのは、他の単式焼酎には見られない泡盛の特性だろう。

 また、古酒の味わいが製造業者毎に違いがあることも特徴だろう。先に触れたように、沖縄県の泡盛製造事業所は47を数えるが、各事業所は沖縄本島だけでなく諸島部に広がっている。首都圏に住む我々には想像できないが、沖縄県は最東端から最西端までは約1km、最北端から最南端までは約4kmと県域は広大で、地域毎に気候、社会風土が異なっている。泡盛づくりに対する事業者の考え方も多様で、生産される泡盛は自ずと個性を持ち、古酒になるとそれぞれの個性がより強くなる。

あまり知られていないが、泡盛古酒については公正取引委員会が策定する公正競争規約で貯蔵年数等が決められている。現在の公正競争規約は2013年に制定されたもので、それ以前の規約より厳しく、「3年以上貯蔵した泡盛を古酒」とし、容器に詰められた泡盛で「全量が古酒であるもの」しか「古酒」の表示が認められていない。これにより古酒の内容と表示が一致し、貯蔵期間が3年に満たない泡盛は一般酒と呼ばれて区別されるようになって、一般の消費者も安心して泡盛古酒を購入できるようになった。


年数表示をした泡盛古酒(沖縄県酒造協同組合)

 
泡盛古酒の楽しみ方

本稿を閉じるに当たり、泡盛古酒の飲み方触れておかねばならないだろう。

沖縄地元の方に泡盛古酒の飲み方を伺うと、貯蔵期間35年の比較的若い泡盛古酒は基本的に水割りまたはオンザロックで飲むのを勧められた。首都圏の食品スーパーで販売されている泡盛古酒は、アルコール度数が3040度、価格も720mlビンが2千円前後と比較的手軽である。

少し大きめなグラスにロック氷を入れ、上から泡盛古酒を注いで少し口に含むと濃厚な風味が口いっぱいに広がる。時間が経つにつれてロック氷が溶けだし、古酒の濃度が薄くなると飲み心地がさわやかとなって気分もすっきりする。泡盛古酒は、夏の時期に飲むと美味しさが増す(ような気がする)。やはり生まれ故郷の沖縄の気候風土が関連するのだろうか。

 なお、沖縄の方々からは10年以上寝かされたアルコール度数40度超えの古酒を、ストレートで沖縄の焼物やちむん焼の猪口で少しずつ舐めるように飲むと香り豊かな古酒の風味を堪能できると教えられている。しかし、貯蔵期間10年以上の泡盛古酒は一ビン5千円以上と価格も高く、私には手が出ないため今のところ感想を申し上げるまでに至っていない。悪しからずご容赦いただきたい。                           (2021年6月)

長谷川清:全国地方銀行協会、松蔭大学経営文化学部教授を経て20184月から地域金融研究所主席研究員。研究テーマは地域産業、地域金融。「現場に行って、現物を見て、現実を知る」がモットー。和光市在住

 長谷川清の地域探見(1)小鹿野町

 
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