東京・青山の根津美術館を訪れた。一つは、朝霞大仏を取材した際、顕彰碑が根津美術館に移設されたと聞いており、それを見たかった。また、私は最近根津嘉一郎に心酔しており、彼が収集した美術品、特に庭園の石造物を見てみたかった。
顕彰碑は「青山根津翁紀恩碑」。美術館入口に近い、駐車場の隅に建っている。高さ5.45m、堂々たる碑だ。ただ説明書きはなく、由来がわからない。後ろにまわると「昭和11年」は見えたが、細かい字は読み切れなかった。帰宅後、資料を調べたら、この碑は根津が社長を務めていた日本麦酒鉱泉という会社の社員が全員で根津への感謝と顕彰のため建立したという。根津は鉄道以外にも様々な事業を手がけ、ビール会社経営にも精魂を傾け、馬越恭平率いる大日本麦酒(現在のアサヒ、サッポロの前身)と競い合っていた。馬越が亡くなり、昭和8年、日本麦酒鉱泉は大日本麦酒と合併した。日本麦酒鉱泉の製造していたユニオン、カブト、三ツ矢サイダーなどのブランドも大日本に移った。合併を機に、円満に経営されるように根津は役職を辞退して身を引いた。そのことに感謝してこんなりっぱな碑が建てられるのだから根津の存在は大きかったのだろう。碑は朝霞大仏の原型の完成と同じ頃、朝霞遊園地内に建設された。
根津美術館の庭園には、根津の作った4軒の茶室、数多くの面白い石造物やら青銅製の像やらがある。忙しい日々の中でこれだけの収集をやり遂げたことは驚きだ。