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長谷川清の地域探見(3) 木の中に気を込める木工家具作家の水田徹さん

一部マスコミがコロナ禍を盾にした開催反対論を展開するにもかかわらず、東京オリンピックが盛り上がりを見せ、気温だけでなく人々がヒートアップした2021年7月末、埼玉県飯能市にある木工家具作家の水田徹さんのご自宅兼工房をお訪ねしました。

水田さんは、北海道生まれの今年61歳になる実力派の作家です。水田さんは、武蔵野美術短期大学の工芸デザイン専攻科を修了した後、同大学工芸工業デザイン研究室副手・助手を経て日信装備株式会社、飯能市の小島伸吾クラフト工房等で木工家具職人・家具作家の修業を積み独立して作家活動を行っています。また水田さんは、職人仲間を結集した木工家具職人同盟「Alliance」を主宰し、かつ後進の指導にも力を注ぐなど木工職人界の活性化にも尽力しています。

工房にて

長谷川:最初に木工作家となった経緯をお聞きします。

水 田:1983年に大学を卒業して大学の助手を数年務めた後、家具制作を業務とする会社に就職しました。働き始めた当初の時期は人間関係などで戸惑いもありましたが、仕事ができるようになると周囲も認めてくれ、任される部分が大きくなると仕事が面白くなりました。面白さに惹かれてこの会社に骨を埋めようと考えたこともありますが、一方で「家具作家として独立したい」という思いも強くなってきました。そこで木工家具作家の小島伸吾さんに相談し、「仕事場を見つけるまで」という約束で小島さんの工房で働かせてもらいました。

長谷川:小島さんからはどの様なことを学びましたか。

水 田:小島さんの工房には約3年間お世話になりました。小島さんは「私生活を含め自分のスタイル」という方で、今から思うと人との関わり方、仕事への向き合い方を学んだように思います。

長谷川:工房を現在の場所にお作りになった理由は何ですか。

水 田:独立した当初、材木屋さんの敷地をお借りして工房を作ることが出来ました。工房はかなり広いスペースで、作業機材の購入など開業に必要なお金もご協力いただきました。今でも感謝しています。独立してすぐの1994年に長野県で開催された「第1回木と漆のクラフト大賞」に出展した漆の絵葉書入れと椅子が入選して幸先の良いスタートを切ることが出来たのですが、実際は仕事が少なくて大変苦労しました。

第1回木と漆のクラフト大賞入選作品

苦境を脱するためにいろいろなことをしました。今の工房は知人から紹介された土地に建築しました。ここは渓流も流れて自然が豊かです。その一方、顧客様やイベントが多い東京に近くかつ自然の中で家具づくりをしたい私にとってぴったりな所だと思っています。ただ社会インフラには問題がって、病気になったらどうしようと心配はしていますが。

長谷川:水田さんの家具づくりは何が特徴ですか。

水 田:真正面から特徴は何かと聞かれると困ってしまいますが(笑)、強いて言うと桜などの紅葉材を中心に地域風土が育てた無垢の木材を生かした作品作りを基本にしていますが、現在は国産材だけでなく外国材についても個性的な木材を使った作品も手掛けています。今、長谷川さんが座っている椅子は北アフリカ産のゼブラウッドという木材で出来ています。ゼブラウッドは高級材として知られていますが、硬くて細工がとても難しい木材です。

ダイニングテーブルセット

長谷川:お仕事の中で心がけていることは何でしょう。

水 田:私は自分の仕事を「木の中に気を込める」ことだと思っています。そうしないと木の気力に負けてしまいます。「こんな作業じゃ俺を削れないよ」と木が語りかけてくるように感じます。

長谷川:水田さんは家具づくりのポイントは何だとお考えですか。

水 田:家具は、そのご家庭の方々から日々使われる道具です。私がこだわっているのは、長期間の使用に耐え、時々手直しすれば次の世代に引継げる家具です。木の家具は時間の経過とともに色が変化し、家族の歩みとともに成熟していくものと思っています。それだけに作り手として時代を越えた責任も感じるわけで、ご依頼を受けるとお客様がどのような家具をご希望なのかをできるだけ細部にわたってお聞きするようにしています。その際、家具だけではなく、その方の暮らしぶりやお宅の雰囲気なども理解するようにします。そうして感じ取ったイメージを図面に落として形にしていきます。

桜材の机と椅子

長谷川:これまでのお仕事を通じて最も長く手掛けてきた家具は何ですか。

水 田:最も長く取り組んでいるのが椅子です。椅子は、大体が座面、貫、脚、背もたれ、笠木、肘掛けなどで構成され、これら全てが構造体に絡んで人の座る動作を支えています。このため椅子は一概に形を作れば良いという物ではなく、強度や機能・デザインも同時に考えなければ、人が座る椅子になりません。傍から見ると椅子は単に腰を掛ける家具のように見えますが、作り手にとってとても奥が深く、作れば作るほど自分自身の結論が見えなくなる恐ろしい代物です。椅子は私にとって一生のテーマと言えます。最近の作品として今年4月に京都で開催された「きょうと椅子展 2021」に出品した椅子があります。この椅子は「MOE-ZaKuRa-Lounge」とネーミングしました。幸い、この椅子をご覧になった方々からは好意的な感想を多くいただきました。

MOE-ZaKuRa-Lounge

長谷川:家具のほかにどの様な木工作品を制作していますか。

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水 田:昨年は、東京羽田に建築されたシティホテルのエレベーターホールを飾る壁面オブジェを製作しました。この仕事はホテルのインテリアデザインを手掛けている会社からの仕事です。

ホテルのエレベーターホール壁面オブジェクト

昨年末から今年正月にかけて木工作家の私にとって思い出に残る仕事をいただきました。この仕事は、立法府本会議場に障碍者が移動するためのスロープを新設することに伴って必要となった階段の改修です。既存の階段は戦前に設置されたもので図面もなく、高度な技が要求される作業を短期間に終了しなければならない難しい仕事でした。でも木工家具職人同盟「Alliance」の仲間にも協力してもらって何とか期日までに納めることが出来ました。

長谷川:木工家具職人同盟「Alliance」を説明してください。

水 田:私が大学の助手を務めた後に就職した会社は、超高度な技能を要する製品を手掛けており、他社がクセモノとして専門他社に委託していた難度の高い仕事も引き受けていました。私はその会社でご一緒した職人仲間と立ち上げたのが木工家具職人同盟「Alliance」です。職人にはそれぞれに得意分野があって、指物に長けている者、現場のスピード・正確さ・他の職人の采配に長けている者、アートに長けている者などなど多様です。それぞれの職人が持っている得手を結集すれば、あらゆる木工に対応出来るという発想です。今回の仕事も、仕口や技術面での擦り合わせなど、基本(師匠の教え)が共通している仲間なので、一度の打合せで全て完結し、圧倒的なスピードと正確さで仕事が進み、最終段階で各パーツを集結するとピッタリと合いました。これは凄いことだと改めて思っています。

長谷川:最後にこの先の取り組みについてお聞かせください。

水 田:この先、仕事に取り組むためには、これまでに自分の中に溜まっている膿みを出さなければいけないと思い、今は膿を出すことに努力しています。その一環として、学生の作品を評価していた立場からもう一度学生と同様に評価される立場に立ち返って新たな挑戦しています。今年行われた第56回神奈川県美術展に作品を出品したのもそうした動機によるものです。幸い、展覧会に入選したとのご連絡を頂戴し、勇気付けられました。

第56回神奈川県美術展入選作品

また、山梨県河口湖町に建設される「椅子の資料館(仮称Chair Library)」を運営するNPO法人Mt.Fuji Wood Culture Societyの活動に協力しています。この資料館は、日本に北欧デザインの家具を紹介した島崎信氏のコレクションと、椅子マニアの押垂勝久氏のコレクションを公開するものです。

後継者の育成にも力を入れています。4年ほど前に東京都から「ものづくりマイスター」に認定され、職業訓練指導員の免許を取得しています。既に手掛けていることですが、小・中学校や各支援施設の木工講座などの場で新たな時代に活躍出来る人材の発掘・育成にも貢献してゆきたいと考えております。

長谷川:今日は大変充実したお話をお聞き出来、有難とうございました。これからのご活躍を期待いたします。

長谷川清:全国地方銀行協会、松蔭大学経営文化学部教授を経て2018年4月から地域金融研究所主席研究員。研究テーマは地域産業、地域金融。「現場に行って、現物を見て、現実を知る」がモットー。和光市在住

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