人間を体・心・気・霊性の有機的統合体ととらえ、西洋医学の他、漢方、気功、食事療法など様々な代替療法を施すホリスティック医療が今注目されている。その日本における草分であり、第一人者であるのが帯津良一氏だ。自ら開き名誉院長を務める川越市大中居の帯津三敬病院はホリスティック医療のメッカとなりがんなど重病患者が全国から集まる。東京・池袋の帯津三敬塾クリニックの院長も務め、各地に「養生塾」も展開している。
帯津氏のホリスティック医療の柱の一つが、気功・太極拳だ。2つの病院でも患者向け、一般向けに頻繁に教室が開かれている。帯津氏は自ら「時空」と呼ぶ独自の気功法を開発、実践している。
なぜ気功・太極拳を治療法に取り入れたのか、現在どのように取り組んでいるのか、どのような効果が期待できるのか、「時空」とは何か、などを帯津氏にお聞きした。
局所を見る西洋医学には限界、中国視察を経て、1982年に川越で自ら開業
―気功を治療に取り入れたのは、どのような経緯からですか。
帯津 私は医師になって1975年に都立駒込病院に入り、食道がんの手術ばかりやっていました。この頃は食道がんの手術も進歩して、出血量も少なく手術時間も短く、合併症もひどくなく、胃がんの手術と変わらないくらいになってきました。我々は意気軒昂としてやっていたのですが、治療成績があまり上がらないことがわかりました。再発して病院に帰ってくる人も昔とあまり違わないのです。それで西洋医学の限界を感じました。
西洋医学は、局所、部分を見ることには非常にたけているけれど、部分と他の部分、部分と全体との関係を見るのにあまり意を払っていないのです。そこで関係性の中で病気の原因とか治療法を求める中国医学を合わせたらよいだろうと考えました。
その頃中国医学の情報は今のようにはなく、自分で見にいかないとわからないと思い、東京と北京が姉妹都市なので都の衛生局に話したら、「行ってこい」と。北京に行って、いろいろ見て歩きました。
中国医学というと漢方薬と針灸ですが、あまり感動するような場面にぶつかりませんでした。ところが、北京の肺がん研究センター付属病院で患者さんが盛んに気功をやっていました。これを見たとたんに、これが中国医学のエースだと思いました。私自身がそれまでに、武道や呼吸法を経験していましたので、パッとひらめいたのです。
帰ったら駒込病院で気功を始めるつもりで、本などをたくさん買い込んできました。ところが駒込病院では患者さん自身が先進医療を求めて集まってきますから、気功など誰もがあまり乗り気ではないのです。
それだったら、やはり自分でやらないと無理だなと、1982年に川越に45ベッドの小さな病院(帯津三敬病院)を作ったのです。そこで必ず中国医学をやる、しかも気功を優先する、ということで気功の道場を付設して始めました。
その頃は、気功をやっていたのは、私と山田幸子婦長(当時)だけです。駒込病院にいたのを川越に来てもらいました。後で鵜沼宏樹という人が加わり、3人で院内気功の時間を埋めていました。
―その後太極拳も取り入れていますね。
帯津 当時家内が太極拳をやっていて、家内を通じ揚名時先生を知りました。気が合って一緒に酒を飲んだりするようになり、太極拳の道にも入っていきました。そういうことで、今は病院で気功と太極拳を日常的に行っています。
病院で週30コマの気功・太極拳を実践
―気功や太極拳の実技はどのくらい開かれているのですか。
帯津 今は川越(帯津三敬病院)の道場で週30コマくらいやっています。日曜は休みですから、毎日5つくらい。種類は太極拳を含めて15種類あります。担当するのは職員で、若い鍼灸師とか薬剤師とか看護師が手分けをしています。私も週3コマくらいですが行っています。
他に池袋の帯津三敬塾クリニックでも気功・太極拳教室があります。
―病気によって気功を選ぶということですか。
帯津 気功は種類はいろいろありますが、基本は調身・調息・調心で皆同じです。患者さんには、病名によりどの気功をやれとは指導しません。好きなものをやっていただくわけです。皆さん熱心で30コマ全部出る人も中にはいます。気功を覚えたくて入院してくる人もいます。ホリスティック医学の一翼を担うということで定着してきました。
―入院患者でなくても参加できるのですか。
帯津 川越で私が担当している週3回は、出入り自由です。池袋は、11年前に、ホテルメトロポリタン(日本ホテル運営)の会長に熱心に頼まれて始めました。宴会場を借りて、火、木の朝週2回、500円の料金で気功をやっています。地の利がよいので多くの人が来られます。
虚空を意識した独自の呼吸法「時空」
―先生独自の気功「時空」とはどのようなものですか。
帯津 私は、「我々は孤独なる虚空からの旅人である」と人に言っています。虚空から地球上に一人でやってきて、何十年か過ごしてからまた虚空に帰っていく。この虚空を意識した、虚空と付き合っているという感じの気功があってもいいのではないかと考えました。
それで20年くらい前に、それまでに学んだいろいろな気功からストーリーを作って「時空」という名の新呼吸法を始めました。すると朝日カルチャーセンターやNHK文化センターで講演を頼まれたり、講義の時に「時空」をやってくれという要望が増えてきて、「時空」がだんだん広がりを見せてきました。
―虚空とはどのような意味ですか。
帯津 仏教用語で、ものすごい広い空間のことです。宇宙が4000から5000あるのを全部含んでいて、何者の存在も妨げません。我々の故郷の空間です。
「時空」の特徴は、いつも虚空、宇宙のもっとも大きな空間を意識し、気のやりとりをすること。気功は、6つの部分から成っており、1つは経絡をほぐしてのびのびさせる。次は、天の気、地の気を体の中に入れてなじませる。3つめは、4億年前に我々の祖先が海を捨てて、陸に上がった頃の様子を思い浮かべながらやる。4つ目、虚空と交流して気をもらう。5つ目は虚空と一体となる。最後は、整理運動です。
内臓マッサージ効果、自律神経の調整、エントロピーの排出などの効果
―呼吸法はどのように健康に影響するのでしょうか。
帯津 呼吸法は結局、現代医学的に言うと腹式呼吸なので、「吸う・吐く」で腹内圧がリズム感に変わるわけです。リズム感に変わることで、内臓のマッサージ効果が起きるというのが、私の先生であり丹田呼吸を唱える村木弘昌さんのことばです。
それから吸う息で交感神経が興奮し、吐く息で副交感が興奮し、自律神経のバランスにも影響しています。我々の生活は、どうしても情報化社会、ストレス社会で交換神経が働き過ぎているので、呼吸法で吐く息に意識を込めて副交換神経を引き上げてバランスを回復する意味があるのです。
吐く息でエントロピー、体の中の廃棄物を捨てるということも大きい。また、スピリチュアルな部分もあります。虚空をいつも意識し、我々は虚空からやってきて虚空へ帰ることを確認することです。
健康への効果は、内臓のマッサージ効果、自律神経の調整、エントロピーの排出などが主ですが、その結果自然治癒力が高まります。中国では肺がんと大腸がんで呼吸法を分けている人もいますが、我々は区別しないで自然治癒力が高まればどの病気も効果があるというつもりでやっています。
呼吸法の意義はそういうところにあります。気功・太極拳は今私のホリスティック医学にはなくてはならない存在になっています。
全国に広がる養生塾
―養生塾とは。
帯津 養生塾というのを作ったのが、2000年5月です。ホリスティック医学は人間まるごとですから、病というステージだけ見ていたら成就しない。生老病死全部見ていなかければいけない。ホリスティック医学の成就と、そのための人材を世に出していくために、15年やってきました。今まで、全国21ヵ所くらい養生塾ができました、私から働きかけるのではなく、地域でたとえば気功や太極拳のサークルをやっている人とか、がん患者さんのグループとかから、養生塾をやりたいと申し入れが来きます。よほどへんな人でなければ、どうぞと申し上げている。
私が行って講義をしたり気功をするのは年1回ですが、21ヵ所あると結構忙しいのです。特に春、秋に集中するので今は毎週です。日本中に、「時空」が養生塾のテーマとして定着してきています。
―健康になるためにアドバイスを。
帯津 うちの場合、3、4名が気功のリーダーを30年間やってきていますが、誰も病気になりません。気功で自然治癒力を高める意義をよくわきまえて、こつこつと続けてください。長くやればやるほど、よいです。
私の病院の患者の会の世話人たちは、がんで私のところで手術をした人たちばかりですが、再発もしないで30年くらいリーダーとしての役割をしています。やはり続けることが大事です。
実家はおもちゃ屋さん
―今おいくつですか。
帯津 79歳です。
―川越の生まれですか
帯津 そうです。高校、大学と東上線で通っていました。
―高校は川越ではないのですか。
帯津 都立の小石川高校です。
―実家はおもちゃ屋さん。
帯津 そうです。今、弟がやっています。
(2015年7月取材)
帯津良一(おびつ・りょういち)
1936年埼玉県川越市生まれ。東京大学医学部卒業。東京大学医学部第3外科、都立駒込病院外科医長などを経て、1982年川越市に帯津三敬病院を設立。西洋医学に様々な代替医療を取り入れてがん患者などの治療に当たる。現在、帯津三敬病院理事長・名誉院長、帯津三敬塾クリニック(東京・池袋)院長。ホリスティック医学の第一人者として、日本ホリスティック医学協会会長、日本ホメオパシー医学会理事長などを務める。
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