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東上沿線物語
編集・発行:東上沿線新聞 FAX:049-203-0781  
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             東武東上線沿線の地域情報紙   
 東武東上線沿線(板橋区、練馬区、和光市、朝霞市、新座市、志木市、富士見市、ふじみ野市、三芳町、川越市、鶴ヶ島市、坂戸市、東松山市、吉見町、滑川町、ときがわ町、鳩山町、小川町、毛呂山町、越生町、寄居町)の話題を提供します。隠れた、観光・パワースポット、知られざる歴史、人物、おすすめの店など満載。健康法、障害者問題も取り上げます。 
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飯能の歴史
飯能戦争には渋沢栄一の縁者が参加
 

  埼玉県の西のはずれ、入間川と高麗川が流れ、北西に外秩父山地が控える飯能市。市街の背後に立つ天覧山は200mに満たない低山だが、眺望がよく、明治16年には明治天皇が近衛兵の演習視察で登っている。明治維新時、麓の能仁寺を含む町が飯能戦争の舞台となった。飯能戦争には渋沢成一郎、尾高惇忠など渋沢栄一の縁者も参加している。  
 

渋沢栄一と入間 繁田家との深いつながり

 渋沢栄一は今の深谷市出身だが、同じ県内の入間市とも深い関わりがある。特に、旧黒須村の繁田(はんだ)家とは親密で、若い時期には家業の藍商売の際立ち寄り、明治33年に繁田家が設立した黒須銀行の顧問に就き、大正12年にできた県内初の豊岡公会堂の建設でも繁田家出の町長を支援している。  
露天風呂に洞穴コンサート 山の中の遊びの空間海族鮮山忠
(滑川町)
  滑川町の森林公園近くの山間に建つ「海族鮮山忠」。「古民家風」という形容では足りない、単なる「居酒屋」でもない、オーナーの山下忠文さんが、自分の手で作り出した、型破りの遊びの空間だ。  

沿線歴史点描⑪沿線地名・駅名を訪ねて・その①池袋・北池袋

 日本国内にある無数の地名の多くは、そのルーツを中世・古代にまでさかのぼることができる。「地名は文化財」と言われるゆえんである。しかし、その一方で現代資本主義の世にあっては、地名もまた商品価値を持ち、ブランド性までも保有するようになっているのもまた事実だ。もちろん、私たちの暮らす東上沿線の地名も例外ではない。今回は、沿線の地名・駅名を、こうした観点もふくめてその由来を訪ねてみよう。  

ふじみ野市亀久保の三上家 
江戸時代 所沢まで開墾
 

 ふじみ野市の旧川越街道沿いに亀久保という地域がある。同地の旧家、三上家は近江(現滋賀県)の出で戦国時代北条氏に仕え、徳川の時代になり同地を含む広大な武蔵野地域を管理した。開拓した地域は遠く川越、所沢まで及ぶ。   
渋沢栄一の養子渋沢平九郎展
(越生町)
 
 渋沢栄一の従兄弟で養子であった渋沢平九郎は維新時、彰義隊・振武軍に参加、飯能で新政府軍に敗れ、黒山(現越生町)に逃れたが見つかり、奮戦・自刃した。大河ドラマ「青天を衝け」放送を機に、「越生に散った若き志士 渋沢平九郎展」が、越生町越生駅構内にある「道灌おもてなしプラザ」で開かれている。  
縄文時代のムラ水子貝塚(富士見市)荒川沿い低地は海だった  富士見市にある水子貝塚。縄文時代の貝塚を伴う集落(ムラ)の跡だ。規模が大きく、当時のムラの様子がよくわかるということで国の史跡に指定されている。現在は海なし県の埼玉だが、縄文時代には遺跡の近くを流れる荒川・新河岸川沿いには、海が押し寄せてきていた。今遺跡は公園として整備され、竪穴式住居も復元されている。展示を見学し周辺の地形を見渡すと、自然と人間との関わり、悠久の歴史を感じさせられる。   

所沢の歴史とともに歩んできた齊藤家
明治天皇の行在所、鉄道の敷設

 今は高層マンションが林立する所沢市の中心市街地、銀座通り沿いに、齊藤家の見世蔵が建つ。齊藤家は、16世紀半ばにこの地に居を構え、以来地域の名望家として、所沢の歴史とともに歩んできた。齊藤家は明治16年には明治天皇の行在所(あんざいしょ)として使われた。川越鉄道(今の西武新宿線)が開かれたのも齊藤家の尽力による。現在、齊藤家の店舗には、所沢中心市街地活性化施設「野老澤町造商店」が置かれている。   
発達障害者 訓練によりコミュニケーションなど問題が改善  精神障害、中でも自閉症など発達障害と診断される人が増えている。発達障害者とどう接すればよいのか、彼らが社会に出て就労し自立するにはどのような問題があるのか。精神保健福祉士で発達障害者の就労支援に携わるIさんは、訓練を続けることによって対人コミュケーションなどの問題は改善し、就労の可能性が開ける、と語る。  
川越街道・松平信綱と平林寺(1
小泉 功
 
 東武東上線と川越街道は、ほぼ平行して通っている。その川越街道にかつて沿っていた、新座市の平林寺は、松平信綱の菩提寺である。川越街道の入口には、今も「金鳳山・平林寺」の碑が建っていて、参詣者の目を引く。そこで川越街道の成立からひもといてみよう。    

江戸期坂戸を統治した島田家菩提寺 永源寺花まつり、あでやかなおいらん道中も

 坂戸駅近く広大な境内を擁する曹洞宗の寺院、永源寺。江戸時代、地域を統治した島田家の菩提寺だ。毎年5月5日、花まつり(釈尊降誕祭)が開かれる(2020年は中止、21年は未定)。沿道を含め露店が立ち並び、あでやかな「おいらん道中」も繰り広げられ、数万人の人出で賑わう、全国でも有数の花まつりだ。  
一里歩いて一里飴 も一つ歩いて一里飴♪」伝統の味
 一里飴
 

なつかしいラジオCMを覚えている人もいるだろう。越生で昔から伝わる郷土の銘菓、「一里飴」。守り抜いてきた一里飴本舗住吉屋製菓の大山幸子さんにお聞きした。  

 

鶴ヶ島の鶴ヶ丘の開拓に参加した
今泉清詞さん

今泉記念ビルマ奨学会を設立
 

 鶴ヶ島の今泉清詞さん(96)は、第二次世界大戦でビルマ(現ミャンマー)におけるインパール作戦に参加、壊滅的な犠牲が出る中九死に一生を得て帰還した。戦後、鶴ヶ島の鶴ヶ丘地区に入植、荒れた土地を切り開いた。戦時中ビルマ人に迷惑をかけながら助けられた恩返しとして1989年今泉記念ビルマ奨学会を設立、多くのビルマ人学生の奨学金を提供してきた。   
鶴ヶ島 開拓の歴史   川越の北に位置する鶴ヶ島市は、開拓によって形成されてきた歴史を持つ。今は完全に市街化されている鶴ヶ島駅西口(鶴ケ丘)や若葉駅東口(富士見)は戦後復員軍人などにより開墾された。   

沿線歴史点描⑩

江戸時代の東上沿線紀行

 
 今回はちょっとした沿線タイムトラベルを楽しんでみよう。目指す時代は19世紀前半、文化・文政の時代。江戸文化の爛熟期である。新橋で仕立屋を営む竹村立義は、商売の合間を縫って江戸近郊を旅するのが何よりも楽しみだったが、単なる旅好きではなく、行く先々の故事来歴を調べ、さらにスケッチをして、帰宅するとこれらをまとめて紀行文にするという、念の入れようだった。   
 

 戦国時代 扇谷上杉氏の拠点、江戸時代 川越藩の政治の中心 川越城の歴史

 川越城は戦国時代扇谷上杉氏によって築かれ、江戸時代を通じて川越藩の政治の中枢であった。500年以上にわたり、時代の変遷を歩んできた。現在は、国内で2例のみの本丸御殿の建物が残り、公開されている。   
政治活動50年を振り返る 中野清元衆院議員   菓子店「川越菓匠くらづくり本舗」を率い、かつては人通りもまばらだった川越の旧商店街を、「蔵づくりの街」として復活させ観光地化するのに貢献した中野清氏。市議、県議を経て、衆議院議員としても多くの実績を積み上げた。今年85歳を迎え、約50年に及ぶ活動を振り返り、『世のため人のため国のため』(第三企画出版)という本を著した。中野さんに、この本に込めた思いをお聞きした。   
作家を支援する ギャラリー&カフェ れ・ぼぬう(坂戸市)   高麗川沿い、坂戸市泉町の住宅地にひっそりと建つギャラリー&カフェ「れ・ぼぬう」。自らも絵筆をとる恒川章子さんが、作家に発表の場を提供し、文化活動を支援するために開いた。恒川さんは、近年のギャラリーが置かれている厳しい状況を憂える。   

富士見市ふる里探訪 秋の難波田城周辺を歩く

 
 富士見市資料館友の会ふるさと探訪部会主催の第43回ふるさと探訪「秋の難波田城周辺を歩く」が20201011日開かれました。10日は台風襲来で荒天でしたが、この日は雨が上がり、南畑地区の旧跡を部会メンバーの方々のご説明を聞きながら巡りました。コロナ対策で参加人数を絞り、密集を避けての散歩でした。  

極上の「スペシャルティコーヒー」 珈琲えぽっく(朝霞市  

朝霞市本町の裏通りにある珈琲えぽっくは、極上の「スペシャルティコーヒー」を提供するこだわりの店だ。店主の吉岡修さんにお聞きした。

 
 
サツマイモの収量を倍にする増収法を編み出した赤沢仁兵衛 
 川越市今福(旧今福村・福原村)に、幕末から大正時代にかけて赤沢仁兵衛(あかざわ・にへえ、18371920)という農民がいた。サツマイモの増収栽培法を確立した、地域のイモ生産の功労者、「サツマイモ先生」だ。今年は仁兵衛の没後100周年にあたり、川越市のサツマイモまんが資料館の山田英次館長(川越いも友の会事務局長)は1017日、同館で、「さつまいも裁判」と題する紙芝居を上演、仁兵衛の功績を紹介した。 
 
 襖、障子を張る経師屋 住宅の洋風化で仕事が変化
 襖(ふすま)や障子(しょうじ)など表具を張る職人を「経師屋」(きょうじや)と呼ぶ。しかし、和室を作らない住宅が多くなり、表具の仕事が減少、経師屋の意味を知らない人が増えている。経師屋はどのような仕事で、職人は今どうしているのか。富士見市で長年経師屋を営んできた佐藤升美さんにお話をうかがった。 
  
 埼玉県議会議員、狭山市長を経て、衆議院議員(埼玉9区)を4期務めた大野松茂氏。市長時代はいち早くダイオキシンの出ないゴミ焼却炉を建設、国会でも環境対策を推進した。総務副大臣(第一次安倍内閣)、官房副長官(第一次安倍改造内閣)、官房副長官(福田内閣)など要職を歴任、総務副大臣時は菅義偉大臣(現首相)とともに地方創生に取り組んだ。当時の経験から菅首相を高く評価する。大野氏は84歳の今も、母校の川越総合高校の百周年記念事業、高麗郡建郡1300年記念事業など、地域貢献事業に情熱を持って取り組んでいる。   
あいアイ美術館 紅葉展   障害者に絵画など創作活動を学ぶ場を提供し就業を支援している、あいアイ美術館(川越市、NPO法人あいアイ運営)で、障害者による絵画作品展「紅葉展」が開かれている(1130日まで)。   

名門霞ヶ関カンツリー倶楽部開設に尽力
大地主で篤志家であった発智庄平翁  

 川越市笠幡にある霞ヶ関カンツリー倶楽部。日本屈指の名門ゴルフ場で、2020年に予定されていた(2021年に延期)東京オリンピックのゴルフ競技開催地である。開場は昭和4年(1929)。このゴルフ場の誘致に尽力したのが地元の大地主であった発智庄平翁(1864-1936)であった。発智庄平は、尋常高等小学校の校長、銀行の頭取、育児院の院長など、数々の社会事業にも関わった篤志家でもあった。発智庄平と霞ヶ関カンツリー倶楽部の歴史について、庄平のひ孫にあたる発智金一郎さんにお話をうかがった。   

「健康オタク」だった徳川家康天海僧正の教えに従い「粗食」を守る  

 徳川家康は健康に気を使い、75歳と当時としては長寿を全うした。食事は「粗食」を心がけ、鷹狩りや水泳など身体の鍛錬にも精を出した。家康の健康法には、徳川3代政権に仕え自ら108歳の長命だった天海僧正の教えも影響を与えている。徳川家康の健康法と天海僧正の教えについて、松尾鉄城女子栄養大学客員教授(川越市文化財保護審議会副会長・ふじみ野市文化財保護審議会会長)にお話をうかがった。   
 打木村治
「天の園」「大地の園」
 
NHK朝ドラ化の運動
 
 小説家、打木村治(19041990)は東松山市唐子で幼少期を過ごし、飯能市に長く住み当地で亡くなった。代表作の「天の園」は小学生時代の自らの心身の成長をたどり日本の3大児童文学作品の一つとされ、続編の「大地の園」は作者の旧制川越中学時代を詳細に描いた作品。打木村治の地元では、作品を広く知ってもらい地域・家族を見つめ直すという狙いで、「天の園」、「大地の園」のNHK朝ドラ化をすすめる運動を展開している。 
高齢者の運動能力をアップする骨たたき体操勇崎賀雄身体哲学研究所所長・「からだの学校湧氣塾」塾長 
 健康には、筋肉でなく骨を鍛える運動が重要である。このような独自の考え方で、体操を考案し、教室を開いているのが、勇崎賀雄(ゆうざき・よしお)身体哲学研究所所長・「からだの学校湧氣塾」塾長だ。湧氣塾では、最近は「骨たたき体操」を指導、高齢者の骨密度や運動能力を高めるなど、成果を上げている。勇崎所長・塾長と、森千恕(もり・せんじょ)湧氣塾校長にお話をうかがった。
 
 

日本3大稲荷 笠間稲荷神社 年間350万人の参拝客

 茨城県中部の笠間市。人口7万人余りの町だが、笠間稲荷神社は日本3大稲荷(他は伏見稲荷大社=京都、祐徳稲荷神社=佐賀)とされ、年間350万人の参拝客が訪れる。菊の花を神社自ら栽培し展示する「菊まつり」も毎年10月中旬~11月下旬頃に開催される。 

沿線歴史点描⑨ 沿線お祭り変遷

前回、沿線観光地のお話をしたが、今回は観光の一方の目玉である「お祭り」の話である。 

 
志木市庁舎建て替え   志木市役所庁舎の建て替え工事が進んでいる。現在、旧庁舎解体中で、新庁舎は2022年に完成の予定だ。志木市役所と言えば、新河岸川と柳瀬川の合流地点という極めて特異な場所に立地している。新庁舎は、この立地を生かし、下流部のいろは親水公園などの景観とマッチしたデザインとしており、新名所になる可能性がある。   

人力で掘った
地下宮殿 
岩窟ホテル

 
 吉見町の吉見百穴近く、松山城跡の西側斜面に、「岩窟ホテル」と呼ばれた洞窟がある(現在は立ち入れない)。近所に住む高橋峰吉さんという人とその息子が、明治から昭和にかけて、人の手で掘りぬいた地下宮殿である。岸壁に一人立ち向かう峰吉さんの姿を見た人たちが「岩窟掘ってる」とうわさし、「岩窟ホテル」と呼ばれるようになったという。   

戦国時代の平山城、松山城 扇谷上杉氏、後北条氏の拠点  

 東松山市の国道407号を折れて、古墳時代横穴墓群の吉見百穴(吉見町)に向かうと、正面に均整のとれた形の大きな丘陵が立ちはだかる。戦国時代の城郭であった松山城の跡だ。北武蔵の玄関口という戦略的に重要な立地で、扇谷(おおぎがやつ)上杉氏、後北条氏の拠点として歴史の舞台となった。 
 

中世期彩る松山城攻防戦 今残る武士(もののふ)の夢の跡

 北条氏康・氏政親子、武田信玄、上杉謙信、前田利家など、戦国時代を代表する武将たちが大軍を率いて戦った城がある。戦国の名城といわれた松山城である。取ったり取られたりの戦いは、幾多の伝承を後世に残した。 
 
三富新田の祈願寺多聞院 武田信玄の守り本尊 毘沙門天 

所沢市中富にある多聞院。元禄期、徳川幕府老中で川越藩主であった柳澤吉保が三富(上富・中冨・下富)新田開発を行った際祈願寺として創建した。本尊の黄金の毘沙門天像は、武田信玄が戦に出陣する際身に着けていた守り本尊だった。今は、12年に一度、寅年の5月1日に開帳される。 

 

沿線歴史点描⑧

東上沿線観光地の変遷

 
 観光の対象となる名所も時代によって変化する。『東武鉄道百年史』に掲載されている沿線地図「東上鉄道線路案内(坂戸まで延伸された大正5年以後発行、)には、白子不動滝(成増)、吹上観音(成増)、平林寺(志木)、諏訪神社(鶴瀬)、愛宕神社(川越)、喜多院(川越)、永源寺(坂戸)が掲載されており、未開通部分だった坂戸・寄居間には岩殿観音、吉見百穴と岩窟ホテル、箭弓神社、越生梅林が掲載されている。百穴と越生梅林を除けば神社仏閣ばかりだ。 
 
 

和製ハーブ クロモジ インフルエンザウイルス抑制作用   養命酒製造が研究

 和菓子用の楊枝などに使われている植物「クロモジ」。「和製ハーブ」の一つで、清々しい香りを放ち香木、アロマオイル、生薬などにも使われている。養命酒製造株式会社(本社:東京)では「クロモジ研究会」を立ち上げ、クロモジの機能、健康効果に注目して研究を重ねている。クロモジエキスを配合した飴を使った、愛媛大学と共同のヒト試験で、インフルエンザの予防、及び風邪症状の低減に効果がある可能性が示され、抗ウイルス作用があることが明らかになった。 
 

障害者雇用のための貸し農園
川越に開設
  エスプールプラス
 

 障害者雇用のための貸し農園(「わーくはぴねす農園」)を運営するエスプールプラス(本社東京、和田一紀社長)は、埼玉県内2ヵ所目、東上沿線初の施設を6月に川越市に開く。同施設では、企業13社と契約、障害者75名を雇用する予定。ビニールハウス内で野菜を栽培する。 

修験道の拠点であった黒山三滝 (越生町)

  
 黒山三滝は埼玉県越生町の山あい、越辺川支流(三滝川)に落ちる3つの滝である。黒山バス停から川沿いに遊歩道を歩き、渓流(藤原川)を少し上がったところに天狗滝(落差13.6m)、遊歩道に戻りさらに進んだところに上下2段の男滝(11.2m)と女滝(4.5m)がある。 背の高い深い木立ちの間を清らかで豊かな水が流れ落ち、荘厳な雰囲気を漂わす。日本観光地百選(瀑布)にも選ばれている観光名所であるが、元々は山岳宗教修験道の拠点であった   

低線量の放射線を浴びて元気に、ホルミシス療法 

 ラドンガスを吸入したり、低線量の放射線を浴びることで、健康を増進したり、病気を治そうという低線量放射線療法(ホルミシス療法)。放射能に対するアレルギーが強い日本では、抵抗のある人も多いが、健康志向の高まりで関心が強まっている。ホルミシス療法にいち早く注目し、いろいろな方面から行動を起こしている方々もいる。日本におけるホルミシス研究の主導者である服部禎男元電力中央研究所名誉特別顧問にお話をお聞きした。 
 

心がなごみ、ほっとする石に彫られた仏様 

 
 道端にたたずむ石仏にも、それぞれ物語がある。石仏に魅せられた、日本石仏協会埼玉支部の皆さんに、東上沿線の石仏をいくつか紹介していただいた。
 
 
 

健康を高める正しい入浴法 早坂信哉東京都市大学教授 40度で1015分、全身浴

 お風呂に入ることは健康によさそうだが、どのように健康に働くのか。健康効果を高めるにはどのように入浴すればよいのか。長年、入浴の健康効果を研究してきた温泉療法専門医、早坂信哉東京都市大学教授によると、入浴には温熱作用など7つの健康作用があり、毎日1015分、40度程度のお湯に全身で浸かることが望ましい。毎日お風呂に入る習慣が日本人の長寿に貢献していると指摘する 
 

 

  関越道渋川伊香保ICから国道17号を少し走ると道の駅こもちに着く。物産も充実、食事もおいしい道の駅だが、そこから坂道を上った高台に、ひっそりと「白井温泉こもちの湯」が建つ。元々村が地域創生のため掘削した日帰り温泉で、源泉かけ流し、関節痛、神経痛などに効果があるという。それに加え、子持山の裾、東に赤城山、西に榛名山をのぞむ、風水的に絶好のポイントに位置する。
 
 入間市の製茶業、「極茶人」とも呼ばれる比留間嘉章さんは、日本茶の欧州市場の開拓に取り組んでおり、このほどフランスのパリで開かれた日本茶コンクールで最優秀賞を受賞した。比留間さんといえば、地元の手もみ茶の保存・振興に長く関わり、現在は全国の振興会の会長も務める。手もみとともに、茶葉を萎らせて香りを高める萎凋(いちょう)技法に取り組み、今力を入れているのは萎凋香のほうじ茶だ。手もみ茶という伝統技法の保存・練磨、萎凋という新しい製法・新しい味、そして海外市場の開拓と、日本茶の次の世界に挑戦する比留間さんにお話をうかがった。 
 

埼玉の古墳めぐり 東上沿線には古い古墳が多い 

 越谷市在住の古代史研究者、宮川進さんはこのほど、『埼玉の古墳めぐり』(さきたま出版会)という本を著した。県内の古墳70基を紹介、読者が実際に訪れ古代のロマンに浸れるようにガイドとして役立つ内容となっている。東上沿線には、3世紀後半の権現山古墳群(ふじみ野市)など古墳時代の中でも古いほうの古墳が数多くあって興味深いとのこと。宮川さんは当時東海地方から来た人たちが舟で荒川やその支流を遡り、住み着いたのではないかとみている。

  

朝霞米軍基地の兵士たち、女性たちとの交流描く
「金ちゃんの紙芝居」

 戦後、朝霞には米軍基地があり、多くの兵士と、その相手をする女性たちが集まった。小学生だった田中利夫さんは、当時のまちの様子、兵士や女性たちの実態、彼らとの交流を、絵に描き、紙芝居として演じている。「金ちゃんの紙芝居」は、ほほえましくせつない物語。一級の娯楽作品だが、同時に貴重な歴史資料になっている。

(財)郷学研修所・安岡正篤記念館 歴代総理の指南番 「平成」元号の考案者、安岡正篤の教えを伝える

 
東洋思想の古典に通じ、人材の育成に尽力、政財界のリーダーたちを指導した安岡正篤(まさひろ)。安岡が開設し戦前から戦後にかけ広大な敷地を擁した埼玉県嵐山町の日本農士学校跡地に、安岡郷学(きょうがく)を受け継ぐ財団法人郷学研修所・安岡正篤記念館が、落ち着いたたたずまいをみせている。安岡郷学とはどのようなものか、郷学研修所の活動は。

沿線歴史点描ドラマの舞台となった東上沿線

 

 2009年春から始まるNHK朝の連続テレビドラマ「つばさ」の舞台が川越に決まった。昭和36年の開始以来、80番目の作品だが、埼玉が舞台となるのはこれが初めてとのこと。全国47都道府県でこれまで朝の連ドラの舞台として取り上げられなかった唯一の県が埼玉県だったのだ。
 

「見えない障害」高次脳機能障害

 
 脳卒中、事故などの後遺症として認知機能の低下が起きる高次脳機能障害。相当数の患者がいて困難な日常生活を送っているが、表からわかりにくい「見えない障害」であるために一般の理解は進んでいない。介護保険、障害者福祉による行政面からの支援の枠組みからも、抜け落ちており、十分な支援が受けられていない。高次脳機能障害とは何か、その支援のための課題は何か。
 
 

新規就農で3万平米自然栽培
明石誠一 明石農園代表・ブルースカイ王国代表(三芳町)

 
三芳町で明石農園を経営する明石誠一さんは驚きの人だ。サラリーマン家庭に育ちながら農業をライフワークと決め、新規就農者として農園を開いた。しかも、困難な無肥料・無農薬の自然栽培に挑戦し、今では3町歩(3万平米)の農地を耕す。コミュニティ作り、環境保全にも力を注ぎ、近くの雑木林で毎年演奏会も開く。昨年、ドキュメンタリー映画「お百姓さんになりたい」(原村政樹監督)にも取り上げられた。
 
 

航空工学の基礎から学ぶドローン教室

 
新しい飛行装置として注目されているドローン。軍事用から始まり、空中撮影、配送、農薬散布などの分野で実用化が進みつつある。今後、AIやロボット技術との連携でドローンには無限の可能性が期待される。ドローンはどのような原理で飛行し、どのように設計・製造し、どのように操縦するのか。鶴ヶ島市在住で日本航空大学校で教員を務める野村誠さんは、市内の交流施設「スペースneco」でドローン教室を開催している。
 
 
 
心臓の病気の中でも不整脈は最も身近だ。どのような不整脈が危険で、どう対処すればよいのか。富士見市のイムス富士見総合病院循環器科で不整脈を専門とする志貴祐一郎医師は、「不整脈との付き合い方」と題して講演、徐脈、頻脈を含め、いろいろな不整脈について詳しく説明した。志貴先生は、こわい不整脈とこわくない不整脈があり、こわい不整脈は①極端な徐脈(脈拍数30/分以下、5秒以上の心停止)、②極端な頻脈(200回以上、心室細動)、③心臓病のある人の心室頻拍、⑤急に失神する場合、などであると述べた。  
 

沿線歴史点描⑥

われらが池袋

 
 東上沿線住人にとって「池袋」は特別な町である。埼玉県奥地に生まれ、人生の大部分を東上沿線住人として過ごしてきた筆者にとっては池袋とはすなわち東京であった。デパートがそびえ、となりの山手線・赤羽線をひっきりなしに発着する電車に大都会を実感したものである。なにしろ池袋の駅では改札がいつでも開いているのだ。1時間のうち10数分、電車が来るときだけ改札が開くというのが当たり前だった田舎の駅とはえらい違いだ。
 
 

厳しい自然に立ち向かう姿を描く 斎藤史郎さん

 
 切り立った断崖、今にも崩れそうな廃屋、深い皺が刻まれた老人。荒々しく厳しい自然、古くて崩壊しつつある事物を好んで取り上げる洋画家、斎藤史郎さん。斎藤さんは、大手新聞社で編集局長、専務取締役まで務め、超多忙なジャーナリスト生活を送り、60歳を過ぎて本格的に絵筆を取った異色の経歴。公募美術団体二元会を舞台に数々の賞も受賞し、画家としても注目を浴びている。斎藤さんが、これら題材を通して描きたいのは、厳しい自然・人生に耐え、立ち向かう姿、意志という。
 
障害者がお花を生産・販売、市場にも出荷 むさしの作業所(富士見市) 
 障害者の生産した商品が、市場で一般生産農家の商品と勝負し、取引される。この難しい課題に挑戦している施設がある。富士見市にある就労支援施設、入間東部福祉会・入間東部むさしの作業所は、お花の生産から、仕入れ、販売、植栽、市場への出荷まで一貫して手がけ、事業を拡大、障害者への相対的に高い工賃とやりがいを提供している。政府の障害者就業モデル事業にも選ばれ、過去には首相官邸に呼ばれたこともある。小菅賢一施設長にお話をうかがった。
 
 
 
 日本で暮らす外国人が増えているが、まだまだ閉鎖性の残る日本社会で外国人が生活するのは容易でない。ふじみ野市上福岡を拠点とするNPO法人ふじみの国際交流センターは、外国人に対する悩みごと生活相談、日本語教室、情報誌の発行など、多様な支援活動を展開している。石井ナナヱ理事長にお聞きした。
 
 
 神様からの贈り物〜がんを予防する緑茶 
菅沼雅美 埼玉大学教授
 お茶は健康に良い。それもがんの予防に効果がある。長年がんの予防について研究に従事した菅沼雅美埼玉大学大学院教授・薬学博士は、このほど日高市の高麗神社で「《お茶の健康科学》神様からの贈り物~緑茶~」と題して講演、緑茶を1日10
杯飲むことにより、がんの発症を遅らせ、がんに罹患した人は緑茶と抗がん剤の併用によって、再発、2次原発がん、転移を予防することができる、と語りました。緑茶は、「神様からのミラクルな贈り物」だという。
 
 

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