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伝統の山王焼
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東松山に江戸時代から続く山王焼。6代目の横田隆史(冬光)さんは、「新山王焼」を掲げ、やきものの新境地に挑む。折から、山王焼の歴史と現在を克明に解説した『山王焼』(比留間隆敏著、まつやま書房)が出版された。

安政2年の創業

―安政2年(1855)の創業だそうですが、どうしてこの地でやきものを作ることになったのでしょうか。

横田 先祖はここで荒物屋を経営していました。しかし、やきものを鴻巣や川越あたりから仕入れてくると、砂利道で 器が欠けたりすることが多かったようです。そこでどうにかやきものが地場でできないかと考えていたのですが、創業者彦兵衛が桶川に行っている時 たまたま信楽の陶工と相部屋になり、ぜひうちの方へ来てやきものをやってくれないかと頼んだ。それがきっかけだったそうです。

      

―土はどうしたのですか。

横田 各地の山を歩いて粘土探しをして、少し離れた現在の東松山市民病院の近くによい土が見つかったようです。

―山王焼という名前の由来は。

横田 江戸時代はこの一帯が「山王」という字だったのです。近くに日吉神社(山王日吉大権現)が祀られ、地元の人たちは「山王さま」と呼んでいました。 

―今まで続いてきたのは、すごいと思います。

横田 やはり、先祖はやきものに取りつかれたというか、地元で手づくりのやきものを生み出すことに情熱があったのだと思います。また、創業時に製造・販売していた一文で買える膏薬「一文膏」が関東地方に広がったことも助けになったのでしょう。


線香立て、茶碗、急須、土瓶など

―山王焼は、食器や置物だけでなく、実に多様な道具類も製作していますね。

横田 当初は線香立てとか、茶碗、急須、土瓶などが主でしたが、昭和に入ってからはたとえば蒸し窯などメーカーが企画した商品の製造を受託もしました。

―地元の人からは愛されたのでしょうね。

横田 「山王焼の土瓶(=土民)は口が悪い」などと揶揄されたこともありました。

―信楽焼と似ている面もあります。

横田 瀬戸や美濃は磁器です。陶器の方がやきものとして魅力があるのではないでしょうか。

―隆史さんは、先代の喜一さんの跡を継がなかったのですね。

横田 私のおやじは消壺とか「へっつい」(かまど)とかを作っていました。私は子供時代から粘土遊びはして、手伝いはしていましたが、戦後電気釜ができて、かまどは途絶えていきます。私は、教員になり、陶芸は趣味という形で続けました。

  

25年前に教員を退職して独立

―退職されてから、陶芸家として独立されたわけですか。

横田 25年前に退職しました。公務員時代は趣味でやきものをやっていたわけですので、そのまま6代目では申し訳けないから、「新山王焼」としました。

―雅号の「冬光」とは。

横田 寒い冬に暖かい光がさす冬の光は愛されます。それと「陶工」をかけています。

―今、おいくつですか。

横田 10月で87歳になります。

 

時代に合わせて自分の発想で

―現在作られているのは、実用品よりも趣味的な作品でしょうか。

横田 抹茶碗など茶道具、花瓶、ぐい吞みとか。それと、時代に合わせて自分の発想でいろいろなものを作っています。

 

たとえば、これは新しい趣向の花瓶です。花瓶だけでは物足りないので。取り外しのできる皿を重ねて、3階立てにしています。上の3つは食卓で使うお皿にしたり。入れ替えすることができる。鑑賞するし、使える。それが今の私の考え方で、クラフト陶芸と言います。

 




  

    


―造形がダイナミックで面白いですね。

横田 伝統もあります。先祖の影響を受けていると思います。

―技法も継承しているのですね。

横田 ロクロや土をこねるのは、おやじを引き継ぎ、それを応用して展開しています。

―窯は。

横田 灯油窯です。ガス窯や電気窯と違い、炎が作品の間を通過してよいものができます。

 

ギャラリー亜露麻での個展

―作陶は毎日されているのでしょうか。

横田 今は週2回くらいです。作ると、今度はさばかなければなりません。

―販売はどこで。

横田 個展をやったり、珈琲店のショップを使ったり。今は、ギャラリー亜露麻(東松山市)が主です。あとは、仲間で集まって展覧会を開くこともあります。

 

お弟子さんの比留間隆敏さんが『山王焼』出版

―今回、お弟子さんの比留間隆敏さんが『山王焼』(まつやま書房)という本を出されました。よくできた本で山王焼の理解が深まります。

         

横田 本来私がしなければならない仕事でしたが、第3者が作ることで、たとえば分家の「横明(よこめい)」に行って資料を集めたり、より客観的にまとめることができたと思います。

―横田さんには息子さんがおられるのですか。

横田 いますが、普通の勤め人です。

―比留間さんのような人が跡を継いでくれるといいですね。

横田 彼はいい作品を作っています。そうなればよいですが、公務員(さいたま市職員)ですし、ちょっと遠いですから。

 

鑑賞もできて、しかもそれを使えるやきものを

―やきものを含め工芸品の世界は今は厳しいですが。

横田 今は、陶芸作家でも陶芸教室で生活をたてている人が多いです。

―今後どうしたらよいでしょうか。

横田 クラフト陶芸と言いますか、鑑賞もできて、しかもそれを使える、そういうものを目指していけば、いいのではないかと思います。

 

交流と歩くことが元気の秘訣

―横田さんのお元気な秘訣は何ですか。

横田 皆さんとの交流ですね。それと歩けです。私は、東松山スリーデーマーチを始めた頃の事務局をやっていました。

―毎日歩いているのですか。

横田 最近はだいたい4000歩くらいです。年齢とともに歩数を少なくしています。

                                  (取材2019年3月)

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