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厳しい自然に立ち向かう姿描く
斎藤史郎
さん

 切り立った断崖、今にも崩れそうな廃屋、深い皺が刻まれた老人-----。荒々しく厳しい自然、古くて崩壊しつつある事物を好んで取り上げる洋画家、斎藤史郎さん。斎藤さんは、大手新聞社で編集局長、専務取締役まで務め、超多忙なジャーナリスト生活を送り、60歳を過ぎて本格的に絵筆を取った異色の経歴。公募美術団体二元会を舞台に数々の賞も受賞し、画家としても注目を浴びている。斎藤さんが、これら題材を通して描きたいのは、厳しい自然・人生に耐え、立ち向かう姿、意志という。
 2020年1月、個展が開かれたのを機会に、斎藤さんにお話をうかがった(斎藤史郎展2020年1月1018日、ジャンセン美術館・銀座アートスペース)

斎藤史郎(さいとう・しろう) 二元会常任委員、日本美術家連盟会員1948年生まれ。72年慶應義塾大学経済学部卒、日本経済新聞社入社。ニューヨーク特派員、東京本社経済部長、編集局長、専務取締役、日本経済研究センター会長などを経て2017年から同参与。0911年日本記者クラブ理事長。1974年二元展入選、制作活動中断を経て11年から応募再開。新人賞、大阪府知事賞、文部科学大臣賞、19年「博尊賞」受賞。

  

        「残雪の破れ長屋」 2019年、二元展博尊賞

多忙な新聞社生活で絵は40年間中断

―絵を描き始めたのはいつからですか。

斎藤 大学(慶応大学)に入ってから。パレットクラブという美術の同好会に属していました。

―画家を志したのですか。

斎藤 卒業時にちょっと考えたのですが、一方でまあ難しいだろうとは思いました。そこまでの度胸はなかった。

―結局、日経新聞に入り、一番忙しいとされるコースを歩まれたわけですね。

斎藤 日経では忙しいセクションでしたから40年くらいは空白でした。ところどころ、役員秘書など編集部門を離れた時には描いたこともありますが。

―二元展に応募したのですね。

斎藤 入社間もなく自分の絵のレベルが知りたくて、関西系ですが二元展に腕試しに応募したら首尾よく入選できました。

      

     「ガステルガチェの断崖」 2018年、二元展文部科学大臣賞

迷いながらも、絵への妄想が突き動かす

―絵を再開したのは。

斎藤 本気で描こうかと思ったのは、経営の一線を離れた7、8年ほど前でしょうか。

―それだけ絵に対する思いが強かったということでしょうか。

斎藤 新聞社やメディアの仕事は実に魅力的な仕事だと今も思っています。時には世の中を動かします。ジャーナリストとしての仕事も捨てがたい魅力を感じます。今もある媒体にペンネームでコラムを書かせてもらっています。

他方、何年もの間、いつか本気で絵を描こうと「野望」を抱いていました(笑い)。新聞社やメディア以外の世界で、どう生きるかは、多少悩みました。ただ、絵について誰に学んだわけでもなく、全くの独学。これ以上遅らせれば、ろくな絵は描けない。絵を描く人間として大したことはできない、そんな感じを抱きました。未だに日々の制作活動では、苦闘し続けていますが、当時、これ以上遅らせるべきではないのかなと予感しました。大げさに言えば、絵を描かないで人世を終えれば必ず後悔するだろう、そんな「妄想」が働いたというわけです(笑い)。

―その時、60は過ぎていた。

斎藤 63、4です。この頃、二元会にも戻りました。


つらくても、それに立ち向かって生きていく

―斎藤さんの絵は、断崖とか廃屋とか、厳しい風景、事物が多いですが、このような題材を選ばれるのはどうしてですか。
 (斎藤史郎ウェブギャラリー
        https://s-saito-artgallery.com/ 参照

斎藤 厳しい自然とか、崩れかけたものとか、そういうものに惹かれませんか。立ち向かっている姿がよい。ここに観にきてくれる人には、そんな世界に共感してくれる人が少なくありません。本当にうれしいことです。数年前に私の個展に来て下さったある著名な小説家の方も、私が描いたイスタンブールの杖をついた老人の絵を気に入ってくださった。あとから絵葉書を送ったら、部屋に飾り日々眺め、「よし今日もがんばるぞという気になっています」という内容の手紙を頂いた。うれしいことです。つらくても、それに立ち向かって生きていく、それを感じてくれる、それが力になれるわけで、私の訴えたいことでもあります。

  

   「クロアチアのおばさん」 2015-6年、世界絵画大賞展シニア賞

―斎藤さんは40年以上前から知っていますが、絵ばかりでなく着ている服も茶系が多く、茶色が好きのようですね。

斎藤 確かに、私ほど茶色の服を着続けている人は人類史上ではあまりいないかもしれません(笑い)。人生苦労すると茶色が好きになるのです(笑い)。ゴッホも初期の作品は茶色。彼も初期は特に苦労していましたからね。レンブラントも茶色の絵が多いですよね。ある友人のジャーナリストが私の絵を「thoughtful brown」(思索に富んだ茶色)と、紹介し持ち上げてくれた。相当、気恥ずかしいですが、この表現、悪くないですね(笑い)。

納得のいく絵を描き続けたい

―今は日々絵を描いているのですか。

斎藤 生活の6、7割は制作です。

―題材は海外を含め各地で取材されていますね。

斎藤 題材を探し、スケッチし、写真に撮ってきて、アトリエで描きます。

―アトリエは。

斎藤 四畳半の狭い、古アパートです。タタミ一畳二畳の大きさの絵を描くのは大変で壁にへばりついて描きます。最後は道端に出して、通る人に聞いたりし、それから自宅の庭で仕上げる。

―今後の目標は。

斎藤 「古臭い」と笑われながらも、奇をてらわず、観る人の心にどこか通じる納得のいく本物の絵が描ければーー。そんな気持ちを抱きながらキャンバスと格闘し続けます。「日々精進」です。

       

                   斎藤さん (2020年1月、ジャンセン美術館)