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新河岸川のほとり 
曹洞宗の古刹 蓮光寺

今泉源由住職


 新河岸川の旧福岡河岸(ふじみ野市)、旧古市場河岸(川越市)から少し下流の川岸に、風格ある寺がある。曹洞宗の蓮光寺。
500年の歴史を持ち、徳川家康が鷹狩りの際訪れ、茶を献じたという伝承もある。今泉源由住職にお話をうかがった。
      
   
            山門、鐘楼から本堂を望む

鷹狩りの家康にお茶を献じた

―連光寺の創建はいつごろですか。

今泉 今から500年ほど前、室町時代の中期です。足利の長林寺の末寺にあたり、開山は?庵惣與(もあんそうよ)和尚という方です。

―このお寺には、徳川家康が立ち寄ったという言い伝えがあるのですか。

今泉 徳川家康が天正19年(1591)に鷹狩りに出向かれ、蓮光寺の新河岸川対岸の権現山古墳の上で休憩したと伝承されています。その際寺が見えたので寄られたのでしょう。当寺の門前でお茶を差し上げたそうです。家康がその旨書いた直筆と称するものが伝わっています。その後家康から境内7石の封券が下賜され、御朱印(役人立ち入り検査拒否の印)が与えられたそうです。

さらに、家康は慶長16年(161111月に川越喜多院に天海僧正の講和を聴きに来ており、12月には再度川越に来て鷹狩りを楽しんでいます。

―家康が鷹狩りの際当寺を訪れた様子を描いた絵があるのですか。

今泉 後に描いた想像図です。本堂に飾ってありますのでご覧いただくことができます。

   
           家康が訪れた際の様子を描いた絵

惣門は川越市の文化財に指定

―建物は古くて風格がありますね。

今泉 蓮光寺の建物は元々、新河岸川側から惣門(赤門)、三門(山門)、鐘楼、本堂と配置されていました。ただ、平成8年の新河岸川の拡幅・改修工事の際、惣門は寺の西側に移されました。当寺は500年の歴史がありますが、途中で火事にも遭っており、年数は惣門が300年、三門と本堂は200年ほどと思います。現存する建物で一番古いのは惣門で、川越市の文化財に指定されています。

   惣門

 指定文化財は惣門だけですが、お寺全体が文化財だと思っていただいてよいと思います。三門にしても本堂にしても、国の重要文化財に匹敵するとおっしゃる方もいます。

―境内は広大ですね。

今泉 戦前までは4町歩という広い田畑を有していました。戦後は農地解放がありましたので 今は5000坪ほどの境内地になっています。私は毎朝、鐘楼に上り鐘をつきますが、周りを見渡して本当にすばらしい景色だと思います。

 当寺はまた、川越市藤間の東光寺、浦和市大久保の大泉院など、13の末寺を有しています。

 

29代(世)住職

 

―今泉住職は、何代目になるのですか。

今泉 私は29代(世)です。

―歴代住職にはどんな方が。

今泉 駒沢大学初代学長をつとめた滑忽谷快天老師、駒沢学園を創始された山上曹源老師らもいらっしゃいます。

―歴代住職には血縁の方もいらっしゃるのですか。

今泉 蓮光寺は今までは血縁の住職は一人もありません。たまたま私は弟子でもある息子が30世をたぶん継げると思いますが、そうなれば初めて血縁で継承することになります。

―今泉住職はいつからこちらに

今泉 私がお世話になったのは昭和45年からです。その頃あたりは、うっそうとしていました。10分も歩かないとお店もない。庫裡は大きく、キャッチボールができるくらいでした。ガラガラと開ける重い戸で、天井を見上げると星が見える。お寺も大変な時代でした。

 我孫子の病院のお医者さんが 「鬼平犯科帳」(池波正太郎)のファンで『「鬼平犯科帳」のゆかりの地を訪ねて』という本を出版される際、取材に見えられました。蓮光寺も、名前こそ出てこないが、新河岸川沿いの寺として作品に登場するのです。池波さんが来られた頃の写真などを見ると、お化け屋敷のようだったようです。

―お寺にいると、世の中の変化を感じられるのではないですか。

今泉 東日本大震災では、当寺でも壁は落ちる、破損するなど被害を受けました。その修復工事で、壁の中から関東大震災の時の新聞が出てきました。いろいろなことが歴史にはあるなとつくづく感じます。過去帳見ると、戦中戦後はお子さんがたくさん亡くなっています。食べ物にしろ厳しかったことがわかります。今は、生活、医療がよくなりましたが、便利な自動車時代になり、おじいさん、お父さんの持っていた体力が失われているのかもしれません。歴史の移り変わりの早さを考えてしまいます。

 

1000軒を超す檀家

―これだけの境内と建物を維持していくご苦労があるでしょうね。

今泉 檀家さんのご協力あってのことです。

―檀家は何軒くらいあるのですか。

今泉 私が来た時は、500600軒くらいでしたが、それぞれが分家して、今は1000軒を超しています。大宮、川越、ふじみ野、富士見市と区域が広いです。墓地は、蓮光寺の墓地もありますが、各地にそれぞれあります。昔は自転車やリアカーで来てくれた。檀家さんのお力は本当にありがたいと感じています。

―住職はお忙しいのではないですか。

今泉 お檀家さんが多いだけに、日曜祭日はほとんど法事関係にとられています

―住職のお話を聞ける機会は。

今泉 今は、毎月第1水曜日の2時から写経を行っています。また、本堂でも檀家さんのご自宅の方でも時間があればできるだけお話させていただくようにしています

―寺で座禅はできるのですか。

今泉 定期的にはやっていませんが、個人的にはいつでも座っていただいてかまいません。本堂は開いていますから。

―住職はおいくつですか。

今泉 今73歳。11月で74になります。両親が早く死にましたから、こんなに長生きするとは思いませんでした。

―ご出身は。

今泉 生まれは大連です。父は新聞記者でした。戦後、九州の佐賀に引き揚げて、小学校を終えた時に、長崎の住職から声をかけられて仏の道に入りました。

―蓮光寺に来られた縁は。

今泉 私の師匠もここの住職をされてから、駒沢女子大学の学長をされていました。私も学長室にいたんですが、前の方が出られるということで。

―今後の希望は。

今泉 できるだけ他の行事をのぞいて、檀家さんと接する時間がほしいですね。自分の時間がほしいなどという贅沢は言いません。

              (取材201410月)