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91歳、武蔵野の落ち葉を描き続ける
西山晋さん

 
 
90歳を超えてなお現役の画家、西山晋(しん)さん(東松山市)。生まれ育った故郷、武蔵野の雑木林の落ち葉のぬくもりと光を一貫して描き続ける。
 

  

落ち葉が人生とダブル

              

-武蔵野の雑木林の風景の絵が多いのですか。

西山 ほとんどそれ一本です。

-なぜ雑木林を。

西山 自分の生まれ育った家のすぐ裏が武蔵野そのままで、雑木林がつながっていました。そこでしょっちゅう遊んだり、転がったり。その落ち葉のぬくもりが好きというか、親しみを感じて。大きくなるにしたがって、落ち葉が自分の人生とダブって、それがモチーフになりました。僕は決して都会人ではないです。地元の雑木林の落ち葉が原点になっています。

            

-人生とダブルとはどういうことなのですか。

西山 自分は仏教徒ですが、輪廻転生というか、土に還るというか。自分の人生と落ち葉がダブっているのです。だから祈るような気持ちで描きます。

-写生なのですか。

西山 写生もしますが、プラス心象風景です。

-雑木林の中にもほのかな光が見えます。

西山 必ず落ち葉のぬくもりを描きますが、林の中の小さい道でも先がパッと開けている。光を求めて、そこに夢を託します。どんな絵でも、そういう姿勢でずっとやってきました。

-武蔵野の中で特に好きな場所がありますか。

西山 雑木林は特徴がないので場所を特定するのが難しいです。目立つような建物もない。しかし、何もないところが好きです。

-風景に人物や動物は入れない。

西山 僕は孤独ですから。何もないところを一人で行きます。


-他の画家と武蔵野の描き方が違うのですか。

西山 落ち葉の描き方が僕はちょっと違います。昔の人は、落ち葉をポツポツと点で描きました。しかし落ち葉は点ではありません。結構動いています。触れれば音がするし。そこで、ナイフを使って勢いよく描いています。


旧大井村(現ふじみ野市)亀久保の生まれ

-今、おいくつですか。

西山 大正15年(1926)生まれ、91歳になります。

-お生まれは。

西山 旧大井村(現ふじみ野市)亀久保の山の中です。

-絵はいつから。

西山 小さい頃から好きでした。絵だけは、この年まで一貫して続いています。中学(川越中学=現川越高校)に進んだのですが、絵が描きたくて中退しました。絵はほとんど独学で勉強しました。

-就職はされなかったのですか。

西山 若い頃、東京の町工場に少し通いましたが、やはり東京の空気は全然合わなくてたちまち半病気になって帰ってきました。後は、地元で絵画教室と彫刻(透かし彫り)もやって食べていました。


現代洋画精鋭選抜展入賞

-プロの画家になられたのは。

西山 昭和56年、現代洋画精鋭選抜展というプロの登竜門とされる展覧会で金賞をいただき、それからプロに転向しました。

       
             現代洋画精鋭選抜展金賞受賞を報じる雑誌

-デビューは50代になってからだったわけですね。

西山 好きで描いていましたので、早く出世したいとかは念頭にありませんでした。ただ、絵を描いて暮らせればよいとは思いました。日展系とかいろいろな会派は一切関係しませんでした。

-賞をとってからは。

西山 画商がついて、百貨店と一枚のという会社がタイアップして、デパートで展覧会を開いたり、全国を回って歩きました。

-今も各地に出かけるのですか。

西山 80歳くらいまでやったのですが、出張は体が思うようにいかなくなり、画商との取引はやめました。

-今も描いてはいるわけですね。

西山 描いてはいます。個人で勝手にやれるからかえって気楽です。

-展覧会は。

西山 近いところ何カ所かでやっています。ふじみ野市上福岡、東松山市の高坂の駅近く、日高町、小川町の伝統工芸会館など。

-アトリエは。

西山 以前は故郷の亀久保にあったのですが、弟に譲り、20年ほど前に東松山に移りました。

好きな絵を描くのが薬


90歳を過ぎて現役はほとんどいないのではないでしょうか。

西山 90が限度でしょう。

-長く続いた秘訣は。

西山 運もあります。若い時、軍隊の特攻隊を志願して予科練に入ったのですが、半年で終戦になりました。その後も病気をしたり、いろいろな危険な目にも遭いましたが、人生体験を深めながら、ここまで生き延びたのは奇跡です。

-本人のご努力もあったのではないですか。

西山 やはり、絵が好きだから。何が何でも薬よりは絵を描いた方が精神的にも肉体的にも効いたのでしょう。

-それだけ武蔵野への思いが強かったということですね。

西山 子供のころから、いつも孤独でした。一人で林の中をさまよって、小さい道沿いにあちこちに日だまりがあります。そういうところに腰を下ろすのが、一番好きでした。自分のオアシスです。

-そのような気持ちを一生続けられるのはすごいと思います。

西山 続けられたからありがたいです。多くの人が、自分の故郷への思いを持っていて、そういう気持ちで僕の絵を見てくれました。面白いことに、どこへ行っても、僕の絵を見て、「うちの絵だ」という。ということは、どこにでもある田舎の風景なんです。

                     

 

死ぬまで描き続けたい


-病気はされないですか。

西山 5、6年前に脳梗塞をやりました。手がしびれて、筆を持ったつもりでも持っていないことがあります。それでもしっかり握れば描けます。

-一人暮らしですか。

西山 家内がいますが、寝たきり同然で、僕が飯をたいています。自分で米をとぐ。今まで気がつかなかったけれど、やはり、生きることはそこから始まるんだと思って、かみしめながらやっています。

-今後の目標は。

西山 死ぬまで描き続けることです。描きながら死ねたら本望です。

                           (取材2017年6月)

 ※西山さんの次回個展は、11月2~12日、高坂駅近くの珈琲ばか(東松山市元宿1-20-11)で開かれます。