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92歳の今まで 
「早稲田ホームサービスグループ」を支えた堀越さん


 東京・西早稲田の「早稲田ホームサービスグループ」。学生にリフォームの仕事を与え、生活を支援するとともに、人間形成も促す拠点だ。堀越正人さん(故人)が、夫人とともに、同グループを支えてきた。堀越夫人は92歳の今、取り組みたいのは、人間らしい心を取り戻すための幼児教育という。

堀越正人さんが大学教授を辞して参画

―早稲田ホームサービスグループ(以前は「早稲田大学ホームサービスグループ」)というのはどのようなことをされているのですか。

  

堀越 大学に行きながら、お金を出せない、働くところもない、子供たちを集めて、仕事をつくっていこうというものです。私はこれに全財産を使いました。

―どのように始まったのですか。

堀越 元々、東京大学で襖を貼っていたグループがあったんです。そのグループに習いに行った早稲田の学生が自分たちで作ったんです。大学の先生がみていたんですが、学生運動のために先生と学生がつながれなくなった。そこで堀越さん頼むということで、私たちのところに来た。主人(堀越正人=まさんど)は中央大学にいたんですが、かわいそうだからと大学教授をことわり、早稲田の学生を育てることになりました。

―いつ頃のことですか。

堀越 私たちが始めたのは昭和52年頃です。

吉田松陰の心を教える

―単に仕事をするだけでなく教育もするということでしょうか。

堀越 人の心を明治の時代に帰さなければならない、そうしないと日本は立ち直ることができないということで、吉田松陰の心を教えていました。学生時代から自分たちで働いて、汗を流して、苦しんで、人間として成長するということです。

―働く人はみな学生ですか。

堀越 そうです。

―仕事は。

堀越 襖貼りとかペンキ塗りとかリフォームの仕事です。

―手配とか実務は誰が

堀越 それは全部学生がやります。

―学生は仕事をすると手当てをもらうのですか。

堀越 幹事長がまとめて、学生の生活費や月謝に充てていました。

―宿舎は。

堀越 自分の家から通っていた子、下宿にいた子、一緒に泊まっていた子といろいろです。そのためにこの家を買ったわけです。

―メンバーは。

堀越 多い時50人いました。泊まっていたのは15、6人です。

平成11年に事務所・住居を購入

―現在の事務所・住居は、西早稲田のビルにありますが、いつ購入したのですか。

堀越 平成111111日に。元々は中野にいて、当時はメンバーは15人いました。やめようと言ったんですが、学生がここは大学と近いしほしいから買ってくれと涙をこぼして頼まれたので買いました。私は裸になったし借金がいっぱいあります。その後平成14年に堀越が亡くなりました。まさか堀越が亡くなるとは思いませんでした。

―活動を表彰されたのですね。

   

堀越 当時の早稲田の西原春夫総長から、働きながら学ぶということで設立された早稲田の精神を体現しているということで、表彰されました。写真は、右端が主人、その左が西原総長です。

―ご主人はえらかったのですね。

堀越 すごい人でした。教わった人(フランス文学者の辰野隆=ゆたか氏、建築家辰野金吾の息子)がえらい方でした。弟子や学生のめんどうをみていた。でももっとえらかったのは、グループに集まった学生たちです。無私の心を持っていました。

―ホームサービスグループは今は。

堀越 主人が亡くなってから、私には教育できません。堀越が死んだ時点で自由にしました。団体で教えることはしませんが、堀越の遺志を継ぐ者だけが残って続けています。

今も宿舎にいる人

―今もここに住んでいる人がいるのですか。

堀越 います。元学生です。1人はパーキンソン病、他の2人はガンだからです。いずれも60代。就職できず、ずっと食べさせてきました。そういう子がいっぱいいました。今でも駆け込みで来る人がいます。

―これからは。

堀越 ホームサービスグループはなくせません。主人が命をかけた。それと非常にいろいろな人の協力をいただきました。

子どものしつけは3歳までに

―何か具体的にお考えですか。

堀越 この頃日本人らしくない家庭が多いです。昔、子どもを殺す親はいませんでした。親を殺す子もいませんでした。これが本当に悲しいと思います。子どものしつけは3歳まで。3歳までに人間の形が全部できます。たとえば親にご飯をご馳走になるならありがとうと言う。3歳までに教えなかったら後はダメなんです。それをやっている人が、部屋を貸してくれと言われるので。

        
               幼児教育の施設が入居

―子どもを甘やかしてはいけないということでしょうか。

堀越 私と主人で、非行少年を450人見ています。主人は毎日、中学生をもらい下げに警察に行きました。子どもは何にも悪くないです。悪いのは親です。非行になるのは、小学校に行く前です。小学校に行くまで自分の自由にさせる。小学校に行くと絶対できない。その時にどうしていいかわからないのが子どもなんです。非行少年があったらお母さんが謝ること。私の教え方が悪かった。育て方が悪かった、と。私はそうして非行少年を直した。絶対に怒らない。わからないで不足を言っているわけですから。親に反抗しなさいと。あなたのお母さんはあなたの鏡になる生活をしなかったから、あなたはわけがわからずやっているのだから。徹底的にお母さんを泣かせなさい。3ヵ月たつと、やっと変わります。今のお母さんは自分は悪くない。子どもが悪いと。子どもは生まれた時何も知らない。色をつけたのはあなたでしょと。

―堀越さんは自分のお子さんもそう育てた。

堀越 私は、食べるものも、服も靴も何も買わせません。何か言ったら、あなたも私も、このおにいさんたちが働いたもので食べさせて生かされてもらっている。うちの子は、大学に行った時、先生から精神科に連れて行ってくれと言われた。どうしてと聞いたら、みんなと話が合わないと。それならわかる。こういう教育をしたから。 


国をどうするか

―お生まれは。

堀越 昭和2年、生まれは福島です。

―仕事は何をされていたのですか。

堀越 特別に何もしていません。好きなことをやってきました。どこかに勤めたということもないんです。ただ、いろいろな人にはお世話になりました。

―肩書きも。

堀越 何もありません。私は、政治を見て来ていますから、国をどうしなければならないかしか頭にありません。

              (取材2019年9月)