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発達障害者就労支援  訓練によりコミュニケーションなど問題が改善

精神障害、中でも自閉症など発達障害と診断される人が増えている。発達障害者とどう接すればよいのか、彼らが社会に出て就労し自立するにはどのような問題があるのか。精神保健福祉士で発達障害者の就労支援に携わるIさんは、言葉の使い方など接し方で注意すべきことはあるが、訓練を続けることによって対人コミュケーションなどの問題は改善し、就労の可能性が開ける、と語る。

精神保健福祉士

-精神保健福祉士だそうですが、これはどんな資格ですか。

 精神障害者の抱える問題を解決するための援助や社会への参加に向けての支援活動を行います。相談者になったり、就労移行・継続支援、定着支援などに関わって様々な社会での自立を支援したり。医療機関や行政と連携して活動することもあります。

-Iさんは今どのような仕事をされているのですか。

 精神障害の中でも主に発達障害を持つ人たちの就労支援事業を専門とする株式会社で契約社員として働いています。

-発達障害を選んだ理由は。

 発達障害というより就労移行支援に興味を持ちました。障害者が自立し安定して社会生活を営んでいくためには、社会で仕事に就き経済的な基盤を固めることが大切であり、それをサポートする仕事をやってみたかった。私は元々新聞記者で企業を多く取材し、経営や雇用の問題になじみがあり、知見を生かせる分野ではないかと思ったこともあります。

発達障害で退職した人の再チャレンジをサポート

-具体的にはどのような支援をされている。

 対象は20代、30代、40代、中には50代の人も少しいますけど、比較的若い人が中心です。新卒の一般枠での就活が上手くいかなかった人や一度社会に出たものの、発達障害によるコミュニケーションの問題などで職場になじめず辞めた人たちが、もう再チャレンジしようということで、就労の訓練をする。それを手伝っています。まだ社会に出ていない大学生の就労を手助けする仕事もあります。

コミュニケーションに難しさ

-発達障害の人は就労するのにどのような課題があるのですか。

 発達障害とは、自閉症・アスペルガー症候群・広汎性発達障害(ASD)、学習障害(LD)、注意欠陥多動性障害(ADHD)その他これに類する脳機能の障害一般と定義されています。一番問題なのは組織内での日常的なコミュニケーションがとりにくいことです。仕事というものは、必ず上役がいてその人の指示に基き、あるいはほとんどが同僚や先輩・後輩がいて協調しながら行いますが、発達障害の人は、組織になかなかなじめないことが多い。それで勤めてもすぐ辞めざるを得なくなってしまうのです。

-具体的にどういうことですか。

 たとえば想像力の欠如。目の前のことだけにこだわりがある。我々は普段生活するとき、無意識のうちに過去や将来のこともなんとなく考えながらしていますが発達障害の人はやや狭い。広く浅くみたいな視野でものを見ることが一般的に苦手。半面、一つのことに深く立ち入れるような人もいますが。

日常会話やメールのやりとりでも、相手が言っていることの行間を読むとか、字面だけでなくこの表現は何を意味するかとか、理解しずらい。言葉をその通りしか解釈できない。「これ急いでやっておいて」と言われてもどうやればいいかわからない。例えば「明日の○時までに終わらせてください」と具体的に言わないと。

さらに、本音と建て前。世の中は規則があっても実際はルール通りには動かないことがいっぱいある。それが気になって、最後はそれが許せなくなってしまう人もいる。「なぜそんなことをするのか」と指摘したりする。それから「同時にいくつかの仕事ができない」「どういう順番でやるとか判断がつかない「判断基準、優先づけができない」という特性がある人たちもいます。

-普通の人でもそういう人はいますね。

 その通りと思います。よく障害は個性だと言われることがあります。私も彼らに接していて本当に個性や性格、その延長だと思います。誰でも持っている特徴ですから。ただ、その個性が常識的な範囲というか社会的な許容限度のようなものを超えてしまうと不都合が出ちゃうわけです。

-対象になるのは障害者認定を受けている人ですか。

 就労移行支援事業の対象になるのは、原則として精神保健福祉手帳、療育手帳、身体障害者手帳のどれかの手帳を持っている人ですが、手帳が無くてもサービスは受けられます。

-お仕事ではその人たちを最終的には就職させるわけですか。

 そうです。今は就職した後の定着支援、アフターフォローも行っています。

模擬職場で実地訓練

-就労のための支援とは実際どのような手順で行われているのですか。

私が関わっているのは特に職場で実際にどうやってコミュニケーションをとっていけばよいかという訓練です。模擬職場で実地に行います。今障害者就労の現場ではインターネットで古本を売るような仕事が多いですが、それを実際にやっている。訓練生は社員のように週5日来て、お客さんから注文が来たら発送作業をしたり、仕入れた古本の検品をしたり、サイトに出品情報をアップしたり、日常業務をこなす。私の役割は職場の上役で、訓練生が困ったことがあったら相談を受ける、あるいはやり方が違うと思ったらこちらからこういう風にした方がよいのではとアドバイスする。実際的な仕事を経験しながら、こういう場合にはこう質問したり、お願いしたりすればよいとか、仕事をどう計画して進めればよいとか、を身に付けてゆくわけです。

訓練で改善できる

-発達障害は脳障害で治らないとも言われるそうですが、訓練で改善できるのですか。

 できます。やはり日々の積み重ね、継続は力ですね。人によってスピードは違いますが。こういう時にはこう話しかければよいとか。例えば、上役に話しをしにゆくときは、仕事中は避け、手が空いたなと思うときに、最初に必ず「今よろしいでしょうか」と断りなさいとか。こういうレベルですが、毎日やるうちに覚えていく人が多い。

特例子会社への就職が多い

-就職先はどのようなところが多いのですか。

 メインになるのは企業の特例子会社です。特例子会社は障害者に働いてもらうということで作っているわけですから、配属されているスタッフも障害者にどう接すればよいか、どのような配慮をすべきかについての理解が必要です。受け皿を用意してあげれば働ける人は結構いるなと思います。企業で戦力化してかなり長く定着している人もいる。そういう人が働き始めて半年とか1年たって会って顔を見ると、何か自信のようなものが表情からも感じられる。いい方にころがっていけば、社会性はアップするのです。

-発達障害の人の持っている能力を活用しようという動きはないのでしょうか。

 発達障害の人は社会性の欠如とかいろいろ問題があるが、人によってはある部分については他の人以上にレベルの高いパフォーマンスの人もいます。たとえばパソコン業務。この仕事をするならどういうシートを作ったらよいかというとアッという間にできる人もいる。能力にデコボコが大きいのが発達障害で、デコの部分を生かしやすいような職場環境を作って、採用しようという動きも出てきています。

-情報処理とかもの作りとか、人に関わらない得意な仕事に特化すれば活躍できるということでしょうか。

 一般論ではそういう可能性があるし、そういう能力を生かす動きが出てきている。ただ、そのためにはそういう人が働きやすい環境にしてあげなければダメなわけです。普通の職場ではやはり壁に当たることが多い。今特例子会社が職場として一般的なのはそのためですが、普通の職場でそういう部門を作ってみるとかの試みも出てきているようです。

天才もいるがまれ

-発達障害の人には突出した能力がある人もいるという話がありますが。

 一種の天才みたいな人もいるやには聞いています。知能指数がすごく高い人もいる。しかし、天才はレアケースと思います。以前アスペルガー症候群が日本でも知られ始めた頃、精神科の医師から「アスペルガーは天才だと誤解している人が多い」と聞かされたことがあります。しかしアスペルガーがすべて天才ではない。我々のような立場の人間ができることは、みんなの持っている潜在的な能力を見つけてあげること。人間誰しもいいところはある。それを見つけてあげて評価しほめてあげることが、働くための第一歩になると思う。企業もそういう人の能力を評価し、活かすために職場環境を整えるということではないでしょうか。

不用意な言葉が相手を傷つける

-発達障害を含む精神障害者の接し方で難しさ、注意すべきことは何ですか。

 一つは、細かい変化でも見逃さないこと。こういう人たちは生まれてからこれまでいろいろなことをさんざん言われてきている。学校では友達にいじめられる、先生にも理解されない、家庭でも親から。自己肯定感が低く自尊心が弱い人が結構多い。そういう中でもこの人は何かできるんじゃないかとか。時系列的にみて最近彼は変わってきたねとか。そういう変化を捉える観察力がまずは必要かな。そういうのに鈍感な人はそもそもこの仕事は向かない。

それと障害福祉の世界では、精神障害についてはちょっと会って話したりするだけでは外見ではよくわからないことがある。それで経験の浅い人が一番陥りやすいのは、つい油断して、普通の人と会話するような言葉遣いや振る舞いをしたりすること。それが相手に大変なダメージを与えてしまい、最悪の事態なったケースもある、という話を日本社会事業大学で資格取得のための勉強をしている時にベテランの精神保健福祉士から言われたことがあります。それは私が精神科病院のデイケアで実習中の事でした。統合失調症でデイケアに通ってきている統合失調症の人と1時間以上日常生活のことなどをあれこれ話し、(和やかに終わったな)と思っていたら、後から私の何気ない一言に思ってもみなかったリアクションがあったのです。精神保健福祉士からの話はその日の実習が終わっての振り返りのミーティングでの話であり「精神に何らかの問題を持っている人と接する基本は、言葉の一つ一つを含めて、自分の言動を相手がどう受け止めるかを感知し、どう反応するかを予測することが極めて大切」との指摘を受けました。このアドバイスを今の仕事に就いてからも片時も忘れたことはありません。

障害者雇用促進のために

-精神障害者の雇用を促進するために必要なことは何でしょうか。

 一つは企業に障害者を戦力化するため意識を持って取り組んでもらうこと。例えば切り出せる業務を特例子会社として独立させ、企業内アウトソーシングすることも有力な手段です。

-発達障害の場合は企業にとって比較的使いやすいと言えないですか。

 まずこれまでの日本での障害者雇用への対応を振り返ると身体障害者、次が知的障害者。精神障害の分野はその次で、なかでも発達障害は最後発だったと思います。本格的にはこれからという段階ではないでしょうか。

-法定雇用率が引き上げられ、企業が障害者雇用に前向きになっていることは追い風ではないですか。

 ここ数年、法定雇用率引き上げの影響もあり、企業から募集も増えています。それでも企業はこの人は難しいということなら採用しないのも現実です。また発達障害の大学生を支援する行政の本格的な枠組みがありません。児童福祉法、障害者総合支援法があるが、ぽっかりと抜けている。企業も新卒で障害者をとろうという動きは弱い。

-世の中の障害者に対する対応を変えるには。

 社会が障害者を受け入れる土壌を作るのに一番大事なのは教育だと思います。幼稚園とか小学校時代から人としてみんな同じ仲間なんだと教えないと。私は幼いうちからの教育が回り道のようで最も確実な”共生社会”実現への有効な方策ではないかと思っています。

第二の人生にカウンセリングに興味

-ご経歴は。

 私は1949年生まれ、団塊世代です。経済紙に入社し、主に企業取材に携わった後、系列の衛星放送の会社に移り、2015年に退職しました。

-退職後精神保健福祉士になったのですか。

 退職が迫り、第二の人生をどうしようかと考えた時、カウンセリングという仕事も面白そうだなと。たまたま身近に精神科にお世話になった人間がいた。医療でも精神科はみんな実際を知らない。そういう分野にかかわりのあることをやってみようかと。辞める2年前に自宅の近くにある社会福祉を専門とする日本社会事業大学の通信教育課程に入り、2015年精神保健福祉士の資格をとりました。そしていまの会社の募集があったので応募をして、働くことになったわけです。

-この仕事やってみて感想は。

 人の成長を助ける仕事はなかなか面白いです。こういう仕事、こういう世界もあると知ったのはシニア世代になってからの新しい発見であり喜びでもありますね。

(取材2021年2月)

発達障害に関する梅永雄二教授のインタビューはこちら

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